だしを取るのに最上級の昆布を使いたい板前と、コストの最適化を図りたい経営者。形を変えればどの企業にもあり得る構図だが、そこで重要なのは「客に分からないところではなく、喜ぶところにお金を使うべき」という点だ。だが「神は細部に宿る」という掛け声のもと、この当たり前のことをできていない会社は多いのではないだろうか。

 ちょっと良い旅館に泊まった際、そこの板前さんが面白い話を教えてくれた。なんでもその旅館のオーナーは有名な中華料理チェーンの社長さんであり、板前さんは、和食の店で働いていたところヘッドハンティングされてその旅館に移ったそうだ。

 料亭時代とはいろいろ勝手が違うけれど、一番参ったのは昆布事件です、と言う。社長から「だしを取るための昆布が高い、もう1ランク下でいいのではないか」と指摘を受けたが頑として譲らなかった。そうか、だったら本当に分かるか試そうとなり、「最上級の昆布で取っただし」「一段格下の昆布で取っただし」「それを混ぜたもの」をブラインドでテストすることになった。さすがに、「最上級」と「一段格下」だけの比較ならば容易に分かるけど、混ぜたものが分からない。社長には「だったら、混ぜればいいじゃないか。客に分からないところに金を使うのではなくて、客が喜ぶところに金を使え」と怒られました。本当かどうか「結果浮いたお金でこの辺の調度品が良いものになったんです」とも言っていた。

 料理をしない私には本当にそういうものなのかは分からないが、「客に分からないところに金を使うのではなくて、客が喜ぶところに金を使え」というのは、とても印象深く記憶している。板前さんは、「昆布は最上級のものでなければならない」という「昆布の呪い」にかかっていて、それを畑違いの社長に指摘されたという話だ。

最上級昆布でだしを取ることが、果たして本当に顧客のためになっているのか(画像/Shutterstock)
最上級昆布でだしを取ることが、果たして本当に顧客のためになっているのか(画像/Shutterstock)

 ある調味料メーカーの人も、ポン酢の研究開発が「昆布の呪い」にかかっていると言っていた。ポン酢の開発会議をするときには、ちょっと酸味の違う試作品が10種類近く並べられ、どれが一番バランスが良いか、お客さんに好まれるか、議論が行われる。「だけど、正直素人にはもう分からない領域での議論になってる気がするんですよね。まだ無理だろうけれど、一般的な味覚の解像度を定量的に測ることができれば、『ほとんどの顧客にとって区別不能な領域について議論してるよ』と言えるんだけどなあ」と、ポン酢メーカーの社員は言う。

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