米国の大手銀行であるウェルズ・ファーゴのATM(現金自動預け払い機)にキャッシュカードを入れると、見慣れないボタンが表示される。「60ドル引き出し(取引明細書は不要)」というボタンがそれだ。

銀行のATMでお金を下ろすときには、何回もボタンを押さなければならない。ただ少し視点を変えるだけでCX(カスタマーエクスペリエンス)を高度化できる(c)Shutterstock
銀行のATMでお金を下ろすときには、何回もボタンを押さなければならない。ただ少し視点を変えるだけでCX(カスタマーエクスペリエンス)を高度化できる(c)Shutterstock

 50ドルでも100ドルでもない中途半端な金額なのはなぜか。実はこれは、ATM利用者の過去の利用状況を分析して、その人が行いそうな取引をボタン一つで実施できるように表示しているのだ(i)

 私がよく利用する銀行のATMは、「1万円」「3万円」「5万円」のボタンを用意している。ただ私は千円札を混ぜて出金したいため、2万9000円を引き出すことが多い。さらに取引明細書もいらない。「2万9000円引き出し(取引明細書は不要)」ボタンがあればうれしいのだが、残念ながらそれはかなわないため、毎回「出金」「2万9000円」「取引明細書不要」といくつものボタンを押す羽目になる。

 ウェルズ・ファーゴのようなボタンが日本でも実現すれば、金融機関に対する顧客満足度は向上するに違いない。ただ大切なのは、それだけではないことだ。具体的には、金融機関側の設備コスト負担の軽減も同時に実現し得る。

 例えば金曜日の夜、繁華街のATMはたいてい混雑している。長い行列となればクレームが出るので、混雑緩和のためにコストをかけてATMを2台から3台へ増設する必要がでてくる。しかし、1人当たりのATM利用時間が半分になる工夫をしてみたらどうだろうか。ATMを増設することなく、顧客に何か不快な思いをさせることもなく、混雑という課題を消滅させられるのだ。ATMの操作に無上の喜びを感じる嗜好を持つ特別な人を除けば、誰にも損をさせずにCX(カスタマーエクスペリエンス)の高度化と業務効率化の一石二鳥を実現することにならないだろうか。

 オランダのフィリップスが進める「医療のための周辺環境経験」(Ambient Experience for Healthcare:AEH)が、CX高度化と業務効率化の一石二鳥を目指す好例だ。AEHは、医療機器そのものに限らず、医療全体を効率化するという考え方だ。

 例えば、同社は病院向けの画像診断装置としてCTスキャンを販売している。CTスキャンによる検査では、圧迫感や閉塞感を抱く患者が多く、特に子どもが不安から動いてしまい検査に長い時間を要しがちだ。やむを得ず鎮静剤を投与することもある。AEHはこうした課題を解決する(ii)

 具体的にはどうするのか。子どもが待合室にいる間に病院スタッフが海にいるキャラクターのビデオを子どもに見せる。内容は、キャラクターとともに宝物を手に入れるために海中に潜りにいくというもの。宝箱を探しに潜っている間は、自分の息を止めるよう子どもに事前に言い聞かせるのである。そして検査中には、同じ画面を子どもに見せて、「さあ海底の洞窟に潜るよ。息を止めて!」と呼びかけ、撮像中は息を止めてじっとするよう働きかける。「LEDディスプレー」「アニメ動画」「RFIDセンサー」「音響制御システム」など、既存の技術をいくつか駆使して、患者がリラックスできる環境を作り出したわけだ。

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