AI(人工知能)の研究開発もビジネス活用も日本より一歩進んでいる米国と中国、そのAI先進国の実力をリポートする特集の第1回。300を超える中国の医療機関では既に、AIによる医療画像診断支援システムの活用が進んでいる。システムを提供しているのは、AIスタートアップ企業のINFERVISIONだ。開発部隊は米国や英国などの大学・大学院の留学経験がある20代のエンジニア約100人。

中国でもトップクラスの医療レベルと規模を誇る首都医科大学附属北京友誼病院。この病院で医療画像診断を担当している張暁潔(Amie Zhang)医師はこの1~2年、INFERVISIONのAI医療画像診断支援システムを活用し、同システムの診断精度向上に取り組んでいる
中国でもトップクラスの医療レベルと規模を誇る首都医科大学附属北京友誼病院。この病院で医療画像診断を担当している張暁潔(Amie Zhang)医師はこの1~2年、INFERVISIONのAI医療画像診断支援システムを活用し、同システムの診断精度向上に取り組んでいる

 「これまで10分かかっていた医療画像の診断とリポート作成が、INFERVISIONのAI医療画像診断支援システムを使うと5秒に短縮される」

 こう話すのは、中国でもトップクラスの医療と規模を誇る首都医科大学附属北京友誼病院で、医療画像診断を担当している張暁潔(Amie Zhang)医師だ。張医師はこの1~2年、同システムを活用し、AIが異常箇所の診断を誤った場合に該当箇所をマーキングして修正。これをINFERVISIONにフィードバックしてきた。その結果、最近ではAIと医師の組み合わせで、診断ミスは0.1%程度まで下がったという。

 INFERVISIONのシステム「InferRead CT-Lung」は、「同じ患者の以前撮影した医療画像と現在の医療画像を同時に表示してくれるので、違いが把握しやすい」と張医師は話す。まずAIが医療画像を診断して、肺の病気になるとできる異常な箇所である「結節」をマーキング。結節の種類やサイズ、位置を表示する。医療画像を拡大できるので、AIがマーキングした異常箇所を医師が本当に異常かどうか明確に判断できる。もし異常でなければ、医師が修正してINFERVISIONにフィードバックしているというわけだ。

肺ガンが重症化する前に処置が可能に

 現在のINFERVISIONのシステムは肺の結節発見機能だけだが、肺ガンが重症化する前に発見して医師が処置できる可能性が高まったという。「医師は疲れてくると、診断ミスをしがちだが、INFERVISIONのシステムによって見落としが減り、医師の労働時間も大きく改善した」と、張医師はシステム効用について解説する。

 中国では既に300を超える医療機関で、INFERVISIONの医療画像診断支援システムが使われている。現在INFERVISIONは中国をはじめ、米国や日本などでも、医療機器としての認可を申請している。今後認可が下り次第、正式導入になる。

 ちなみに北京友誼病院の「友誼」とは、友好を意味する。友誼病院は、43の臨床部門と医療技術部門、1200以上のベッドを有する。

首都医科大学附属北京友誼病院は、中国における最大規模を誇る総合病院
首都医科大学附属北京友誼病院は、中国における最大規模を誇る総合病院

 張医師によれば、「1970年代、80年代の中国には、CT(コンピューター断層撮影)システムやMRI(磁気共鳴画像法)システムはなく、90年代になってようやく外国製のCTやMRIを導入するようになった」という。張医師は2000年ごろに中国の大学で医学を学ぶようになり、北京大学の医学博士号を取得している才女だ。「中国には、張医師のような若くて優秀な医師がたくさんいて、INFERVISIONなどのAI医療画像診断支援システムの開発に積極的に協力していただいている」INFERVISION日本法人Infervision.Japanの郭暁㬢(Xiaoxi Guo)取締役はこう語る。

 中国は文字通り国を挙げてAIに関する産業支援を行っている。17年7月中国国務院はAI促進計画として「次世代AI発展計画」を打ち出し、30年までに中国のAI技術を世界最先端のレベルに引き上げ、AI関連産業を10兆元(約160兆円)超の市場規模に拡大させる目標を掲げた。

20代の留学組が開発を担当

 INFERVISIONの設立は15年。創業者の陳寛(CK Chen Kuan)CEO(最高経営責任者)がシカゴ大学で経済学を学んでいた11年、マシンラーニング(機械学習)の一種であるディープラーニング(深層学習)の活用で画像認識精度が一気に高まった。そこで、陳CEOはディープラーニングの活用による医療画像診断支援システムの開発を思いついたといわれている。

 米国シリコンバレーではなく、北京市で起業したのは、前述したように中国には、AI医療画像診断支援システムの開発に積極的に協力してくれる、張医師のような若くて優秀な医師がたくさんいるからだという。加えて、米国や英国などの大学や大学院でAIなどのコンピューターサイエンスを学んだ優秀な若者がたくさん中国に戻ってきていることなどが起業の決め手になった。

 実際、INFERVISIONの開発部隊約100人全員が20代と若い(会社全体では約300人)。医療画像を診断するディープラーニングアルゴリズム開発部部長である赵朝炜(Zhao Chew wei)氏は27歳。赵氏は上海交通大学を卒業後に米国インディアナ州にある公立の総合大学パデュー大学(Purdue University)の大学院でインダストリアルエンジニアリング(Industrial Engineering)を学んだ。この大学からは米NASA(アメリカ航空宇宙局)に進む人が多い。

写真左から、INFERVISIONのAIソフトウエア開発部上級チームリーダー(senior team leader)である余航(Yu Hang)氏(25歳)。医療画像を診断するディープラーニングアルゴリズム開発部の部長である赵朝炜(Zhao Chew wei)氏(27歳)。INFERVISION日本法人Infervision.Japan取締役の郭暁㬢(Xiaoxi Guo)氏(30歳)
写真左から、INFERVISIONのAIソフトウエア開発部上級チームリーダー(senior team leader)である余航(Yu Hang)氏(25歳)。医療画像を診断するディープラーニングアルゴリズム開発部の部長である赵朝炜(Zhao Chew wei)氏(27歳)。INFERVISION日本法人Infervision.Japan取締役の郭暁㬢(Xiaoxi Guo)氏(30歳)

 引く手あまただった赵氏がINFERVISIONに入社した理由は明快だ。「16年当時は社員数は10人程度だった。しかし、CEOやCTO(最高技術責任者)などと面接して、自分が学んだディープラーニングが医療に貢献できることを知ったから」(赵氏)。

 AIソフトウエア開発部の上級チームリーダー(senior team leader)である余航(Yu Hang)氏は25歳。上海交通大学で2年間コンピューターサイエンスを学んだ後、米ミシガン大学に進学し、2年間コンピューターサイエンスを学んだ。その後大学院に進み、卒業後は米フェイスブックに入社した。余氏がINFERVISIONに転職した理由も実に明快だ。

 「ディープラーニングの活用で人を助けることができる。必ずガンを見つけるシステムを開発するのは非常にやりがいが感じられるうえに、自分が興味を持っているディープラーニングを扱うことができることに魅力を感じた。CEOやCTOなどとの面談でそのことを確信することができた」(余氏)という。余氏によれば、「フェイスブックに在籍していたときより報酬は減ったが、20代後半の若さでチームリーダーになれるのがINFERVISIONだ。大きな組織の歯車ではない」。

中国にはたくさんのデータがある

 記者が「なぜ中国はAI先進国になれたのか」と質問してみた。

 余氏は「中国にはたくさんのデータがあって、ディープラーニングなどのAIアルゴリズムに食べさせる学習データが多い点は非常に有利だ。中国は毎年数多くの若者を海外に送り出しているし、中国ではソフトウエアなどの先端技術にアクセスしやすい」と答えた。郭氏も「海外に留学してさまざまな国のコンピューターサイエンスを学ぶことができる。そうした人材の数は日本よりも多い」と回答した。一般に中国では、毎年400万~500万円の留学費用をまかなうことができる裕福な家庭が日本よりも多く、大学院や博士課程に進む場合は、学校や政府から奨学金が出る。

 赵氏は「周囲の友人は、自分に対して敬意を示してくれており、自分もINFERVISIONに加わりたいと言ってくれる。そうした友達などがINFERVISIONに続々と入社してくる」と話す。

日本市場も狙う

 INFERVISIONは日本市場も狙っており、既にユーザーもいる。INFERVISIONのAI医療画像診断支援システムは、既に日本でも活用されている。国内の心臓MRI検査で約10%のシェアを持つ医療法人社団CVIC(東京・新宿)心臓画像クリニック飯田橋(東京・新宿)では、心臓のCT画像に映り込む肺の画像をINFERVISIONのAI医療画像診断支援システムに通して、正常範囲外を指摘されたら、放射線診断専門医に肺のCT画像を転送する試用を開始している。

心臓画像クリニック飯田橋では、心臓のCT画像に映し出される肺(一部)のCT画像をINFERVISIONのAI医療画像診断支援システムに送る。AIが異常だと指摘する場合、肺の専門医に肺のCT画像を転送する
心臓画像クリニック飯田橋では、心臓のCT画像に映し出される肺(一部)のCT画像をINFERVISIONのAI医療画像診断支援システムに送る。AIが異常だと指摘する場合、肺の専門医に肺のCT画像を転送する

 CVICの運営会社に相当するCVイメージングサイエンス(CVIS)の古澤良知代表取締役は「CVICの医師は循環器専門医。心臓の診断に専念させたいので、肺に費やす手間と時間をAIで削りたい」と話す。古澤代表がINFERVISIONの存在を知ったのは16年。東京ビッグサイトで行われていたコンピューター系の展示会で、肺のCT画像を見せていたINFERVISIONのブースに目が留まった。

 INFERVISIONの担当者がとても自信たっぷりで、古澤代表が「ディープラーニングを使っているの?」と尋ねると、「そうだ」と答えた。「売っているの?」と問うと、「そうだ」と即答。「じゃあ、使うよ」と古澤代表が応じて、INFERVISIONとのつき合いが始まった。「薬事認可は下りていないことは分かっていたが、とにかく医師の負担を軽くできるのではないかと思い、試用に踏み切った」 と古澤代表は説明する。

 Infervision.Japan代表取締役の周暁妍(Xiaoyan Zhou)は、「日本のさまざまな医療機関で当社製AI医療画像診断支援システムの導入を検討していただいている。名前を公表できる機関はCVICぐらいだが、18年12月時点で既に3つの機関が導入している」と説明する。

FDAの認可が下りている米AIスタートアップ企業の医療機器

 中国AIスタートアップの典型的な1社を紹介した。今回の特集では、中国と米国のAI開発とビジネス活用がどこまで進んでいるか、その実態に迫ることが狙いだ。米国は中国よりも進んでおり、ディープラーニングの医療応用が早くも実用期を迎えている。18年に入って規制当局である米FDA(食品医薬品局)が、ディープラーニングに基づく各種の医療画像ソフトウエアに、次々と製品化の認可を与えている。中でも代表的な例が、18年2月にFDAの認証を受けた、米Viz・AIのソフトウエア「Contact」だ。狙いは、脳梗塞を発症した患者に一刻も早く治療を施すことだ(『ディープラーニング活用の教科書』より引用)。

 日本でも、東京大学発医療AIスタートアップ企業であるエルピクセル(東京・千代田)がAI活用の医療画像診断支援システムを開発しており、富士フイルムなどの大手PACS(Picture Archiving and Communication Systems=医療用画像管理システム)に組み込む形で実用化しようとしている。エルピクセルのAI活用の医療画像診断支援技術「EIRL basic」は第三者認証済み。脳動脈瘤対応のシステムについては、今年度内にPMDA(独立行政法人医薬品医療機器総合機構)に申請見込みとなっている。FDAについては、申請に向けてFDAと相談中だ。なおエルピクセルは昨年10月29日、オリンパス、富士フイルム、CYBERDYNEなどを引受先とする第三者割当増資によって、総額約30億円の資金調達を実施した。

 以上見てきたように、医療領域におけるAI活用については、米AIスタートアップ企業が先行しており、中国や日本の企業がその後を追いかけているという状況だ。次回は、AI活用のドローンやロボットを手掛ける中国のスタートアップ企業の動向を紹介する予定だ。