トヨタ自動車の「変革の現場」を追うノンフィクション連載。第36回は「大増産の6年」に迫る。戦後、労働争議に揺れ、人員整理を余儀なくされたトヨタ。極度の人手不足に陥った状況にもかかわらず、大改革によって増産を実現した。それを可能にした4つの理由とは。

トヨタ生産方式では見込み生産された部品を後工程に流すのではなく、後工程が必要とする部品を「ジャスト・イン・タイム」で前工程から調達する。そのための道具である「かんばん」の導入も大増産に寄与した。写真は導入から数年後の元町工場のかんばん置き場(写真提供:トヨタ自動車)
トヨタ生産方式では見込み生産された部品を後工程に流すのではなく、後工程が必要とする部品を「ジャスト・イン・タイム」で前工程から調達する。そのための道具である「かんばん」の導入も大増産に寄与した。写真は導入から数年後の元町工場のかんばん置き場(写真提供:トヨタ自動車)

 前回までのあらすじはこちら

 戦後期、経営危機に陥り、労働争議に揺れ、人員整理を余儀なくされたトヨタだったが、十分な人も金も設備もない「ないない尽くし」の6年の間に増産を達成した。それには4つの理由が考えられる。

 1つめは増産前の生産性が低かったこと。お粗末な設備で発注も少なかったこともあって、生産台数そのものが多くなかった。

 2番目の理由は、働く人たちの意欲のほとばしりだ。その頃、現場にいたのは数年前までは兵士として戦場にいたか、もしくは空襲から逃げまどっていた人たちだ。戦争や空襲が終わり、やっと働くことができると思っていたら、今度は労働争議で、いつ首を切られるかとびくびくしなければならなかった。2つの災厄を切り抜けた後こそ、誰もが力いっぱい働こうと思ったのだろう。

 1950年に勃発した朝鮮戦争を契機に、日本経済はいわゆる朝鮮特需を迎える。トヨタではアメリカ軍向けトラックの大量受注があり、仕事はいくらでもあった。それに、当時はまだテレビ放送も始まっていない。娯楽と言えば家に帰ってラジオを聴いて酒を飲むくらいしかなかった。第二次世界大戦が終わり、徴兵がなくなったこと。毎日、安心して働く職場があること。地に足の着いた生活ができ、しかも、それが継続すると予測できること。いずれを取ってみても、戦前や戦争直後の混乱期には手に入らない幸せだった。仕事に集中する気持ちは現在の人々とはまるで違っていたのだろう。

 3つめの理由は大きい。それは本格的な流れ作業の導入である。

 トヨタ生産方式はフォード式大量生産を創業者の豊田喜一郎が解釈し直し、のちに大野耐一が体系化したものだ。戦前のトヨタは生産台数が少なかったため、据え置き生産、もしくは台車で移動する程度の生産体制だったけれど、朝鮮特需にあたって、ベルトコンベア、トロッコ、フォークリフトを本格的に導入。工場内の運搬と物流をカイゼンした結果が奇跡的な増産に結びついている。何よりも大きかったのは本格的な流れ作業の導入だった。これはまさしく、フォードの創業者ヘンリー・フォードがハイランドパーク工場で行った移送式組み立てラインの移植だった。

「部品を置く者はそれを締めつけない」

 移送式組み立てラインがフォードのハイランドパーク工場に導入されたのは1913年、戦前のことだ。当時のトヨタは自動織機の会社で、自動車製造など、影も形もない。

 ハイランドパーク工場の組み立てラインでは、移送式にする以前、250人の組立工と80人の部品運搬係が1日9時間労働で月に26日間働き、6182台のエンジン付きシャシー(車台)を完成させていた。それに要した1人の仕事量はシャシー1台当たり平均12.5時間。そこに簡単な移送ラインを導入してみたところ、シャシー1台を完成させる時間が5時間50分になったのである。さらに、管理職がストップウォッチで作業分析をして、分担作業にしたところ、シャシー組み立てに要する時間は平均1時間33分にまで減った。

 ヘンリー・フォードはこう語っている。

 「部品を置く者はそれを締めつけない」「ボルトを差し込む者はナットをとりつけず、ナットをとりつける者はそれを締めつけない」

 このように、徹底的な分担作業、流れ作業が生産台数を引き上げるのに役立った。トヨタにおいてもフォード式の流れ作業を導入しただけで増産は可能になったのである。

 4番目の理由こそトヨタ生産方式の登場だった。大野たちはフォード式の流れ作業、作業分析を導入しただけでなく、見込み生産した部品を後工程に流す「押し込み生産」をやめ、「ジャスト・イン・タイム」と「自働化」を2本柱とした生産方式にした。このことが奇跡とも思える増産を現実にしたのである。

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