トヨタ自動車の「変革の現場」を追うノンフィクション連載第21回。危機感を持った販売店は具体的に何をしているのか。米テキサス州の販売店社長、パット・ラブ氏の話を聞く。トヨタ生産方式をいち早く導入し、カイゼンを続け、自動車販売の未来を語る彼の話をかみしめながら、筆者は一編の詩を思い浮かべた。
わたしが見た販売現場のなかでもっとも危機感にあふれていたのは、日本でも中国でもなくアメリカのテキサスの店舗だった。トヨタのアメリカ本社があるテキサス州プレイノ近郊の販売店社長はカイゼンに会社の前途を賭けていた。
歴史に酔っている暇はない
訪ねた販売店「Pat Lobb's Toyota of McKinney」はアメリカ本社から30分ほど車で走ったマッキーニーという地区にある。白髪の社長の名前はパット・ラブ。連載第2回(アマゾンがクルマを売る時代、トヨタは「業種」になるしかない)で自動車販売の変化について語った彼のビジョンと取り組みを、より具体的に記しておきたい。
パット・ラブは11年間で6万6000台のトヨタ車を売った。北部テキサスではナンバーワンだ。しかし、「好成績と言えども、それはすでに歴史だ。歴史に酔っている時間はない」と吐き捨てた。もともと彼はテキサスにあるシボレーのディーラーにメカニックとして入社し、その後、トヨタのディーラーに移り、セールス担当者になった。セールス担当者としても好成績をあげたが、「それもまた過去の歴史だ」と一顧だにしない。
勉強熱心な人で、トヨタディーラーに入ってから、トヨタ生産方式の本を読み、「オーノさん(トヨタ生産方式を体系化した大野耐一)のファンになった」。1980年代にすでに引退していた大野が渡米した時はわざわざ講演を聞きに行っている。トヨタ生産方式に精通していたので、販売のカイゼンに積極的なのである。実際に彼の店にはアメリカのトヨタの人間がカイゼンのために入っていて、オイル交換の時間、洗車の時間を縮めるといった実績を上げていた。しかし、それについてもまったく自慢はしない。
パットはこう強調した。
「私の敵は同業ではありません。敵は自分自身の過去の実績です。『去年は何台売った。今まではよかった』と過去を賛美するようになったら、人間はおしまいです。なんといってもカーディーラーを取り巻く環境は90年代から激変している。
今は死ぬか生きるかという時代なんです。たとえば、当社はいまはまだ新車と中古車の販売に頼っていますが、これからの小売店はモノの販売では成り立っていかないと考えています。アマゾンを見てください。そのうちに消費者はアマゾンで車を買うようになるでしょう。店舗を持った小売業でモノだけを売る業態はいずれ成り立たなくなるのです。
これからはサービス業にならなくてはいけません。パーツ販売、オイル交換、タイヤ販売、修理といった分野はアマゾンはやりません。こうした分野の売り上げを伸ばしていくことが課題です。当社ではこうした分野の利益はまだ全体の半分以下ですけれど、すぐに新車販売の利益を追い抜くでしょう」
アメリカではアマゾンなどのネット販売の存在感が増している。アマゾンはトイザラスを倒産させ、地方にあるショッピングモールの小売店を廃業に追い込んだ。ホールフーズ・マーケットを買収し、次の獲物を狙っている。パットはアマゾンが自動車業界のすぐ近くまで侵食してきているのを実際に目にしている。
危機のなかにいるから、トヨタのアメリカの部隊がほどこすカイゼンをどん欲に吸収して、自分のものにすることに賭けたのだ。
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