トヨタ自動車の「変革の現場」を追うノンフィクション連載第18回。販売カイゼンにも導入されているトヨタ生産方式の現場指導はどのように行われているのか。それを知るべく、生産調査部長の尾上恭吾氏に同行した。協力会社である太平洋工業の東大垣工場に着き、現場に入ると、空気が引き締まった。
生産調査部長の尾上恭吾(現・TPS本部生産・物流領域長と兼務)は、太平洋工業の東大垣工場に着くと、簡単な説明の後、すぐに現場に入った。オイルパンの生産ラインである。15人の同社の社員がピリピリした表情で、尾上の後についていく。
「紙はいらん、話しあうんだ」
尾上は同社の社員の説明に耳を傾けながら歩いて行く。見ているのは作業者とラインだ。作業者にムダな動きがあるか、そして、ベルトコンベアに製品、部品が滞留しているかどうかを見つめる。尾上は口を開かない。ただ、見つめる。太平洋工業の社員は歯を食いしばるような真剣さで後をついていく。
一瞬、尾上の足が止まった。オイルパンを塗装するラインの前だ。ひとりの作業者が黙々とオイルパンをろうそくの燭台のような仕掛けにひっかける作業をしていた。オイルパンの3つの穴に燭台の3本の取っ手を組み合わせ、それを塗装工程のベルトコンベアに載せるという作業である。
「みんな、来て。ちょっと見て。ほら、これ、やりにくいよね。もっとなんとかしようよ。たとえば、穴はひとつにならない? そうすれば引っ掛けるのは楽になるでしょ。どう、みんなで一緒に考えましょうよ」
周りは誰もしゃべらない。言われてみればその通りなのだけれど、過去何年もそれでやってきたから、やりにくい作業だとは気づいていなかったのである。確かに、長年やってきた作業を見つめ直すのは内部の人間には難しい。
トヨタ生産方式におけるカイゼンとは工場でも販売店でも、外の人間が見つめることだ。見つめる対象は大きなことではない。仕掛けの穴の数を減らすといった実に小さなカイゼンなのである。そして、小さなカイゼンをいくつも積み重ねていく。
次に尾上が指摘したのは、動いていないロボットに対する指摘だった。
「これ、どうして動いてないの。横で人が作業してるでしょ。お金を出して買ったロボットだから、もっと使おうよ。どう、何か対策ある? みんなで考えようよ」
すると、「実はですね」とひとりの社員が大きな紙を広げて説明しようと歩み寄った。尾上は大きな紙をバサッと、手で払いのけると同時に大きな声で言った。
「紙はいらん。紙じゃなくて、ロボットの前まで行ってみんなで話しあうんだ」
その場は一瞬、凍り付いた。針を1本でも落としたら、誰もが飛び上がってしまうような緊迫した空気になった。
尾上はアメリカで緩急をつけた指導の仕方を覚えてきたようだ。通常はあくまで丁寧にやる。「みんなで一緒に」を合言葉にする。そして、空気が弛緩してきたなと思ったら、一発、ガツンと見舞う。
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