トヨタ自動車の「変革の現場」を追うノンフィクション連載。第17回は生産調査部長の尾上恭吾氏を訪ねた。販売カイゼンにも導入されているトヨタ生産方式の現場指導に同行するためだが、工場の様子を伝える前に、尾上部長と豊田章男社長が“最強の労働組合”と対峙した時のエピソードを紹介したい。
販売のカイゼンを始めてからすでに20年以上経った。それでも全販売店の5分の1といったところだろう。トヨタ生産方式という考え方を現場に定着させるのは簡単なことではない。まして販売の現場には生産現場とは違う状況がある。販売店は別会社であり、しかもトヨタにとっては車を納入する先だからだ。どうしても遠慮がちになってしまう。
それをどう乗り越えるか。どういった指導をすればいいのか。そもそも「指導」なんて言葉を使っていいのか。
スパルタ式が許されない時代に
現在は怒鳴ったり、灰皿を投げつけたりなんてことはできない。かつてはトヨタ生産方式を体系化した大野耐一、その弟子である鈴村喜久男、林南八がやったように、床に丸を描いて長時間立たせたり、1年半の間、協力企業へひとりで行かせることもできない。
パワハラはむろんダメだし、スパルタ式の指導も許される時代ではない。そういう状況で、トヨタ生産方式を伝道する男たちは現場ではどんな指導の仕方をしているのか。
わたしはあらためて彼らの指導現場を見つめることにした。
ある日、生産調査部長の尾上恭吾が直接、指導に行くというので、岐阜まで付いて行った。指導先は太平洋工業という一部上場企業で、売り上げは1200億円。海外にも工場を持つ。主な製造品は樹脂製品がホイールキャップ、エンジンカバーなどで、プレス製品がオイルパン、バッテリーケースなどだ。
この会社はしぶとい会社だなと感じたのは、製品ラインナップを見たからだ。主製品のオイルパンはエンジンオイルをためておくケースだ。EVになったら必要はなくなる。そのことが頭にあるのだろう。太平洋工業では並行してハイブリッド車用のバッテリーケースも作っている。自動車の大半がEVになったら、バッテリーケースで食べて行けばいい。自動車業界の行方がどうなろうとも食べて行ける経営をしているのである。
「お前か。今年のトップは」
生産調査部長の尾上恭吾は1985年の入社で、豊田章男(現社長)の1期下になる。早稲田大学の理工学部を出て、トヨタに入ると、新任研修が待っていた。カリキュラムの目玉は2か月半の販売研修である。新入社員は親類や知人に頼って4台から5台の新車を売るのが相場だったが、なんと尾上は23台を売ってしまう。むろん、同期のトップで、配属された元町工場でも話題になった。すると、ひとりの先輩がやってきて、「お前か。今年のトップは」と笑った。
「はい」と返事したら、豊田章男は「よく頑張ったな。実はオレは去年のトップだったんだよ」……。
尾上はなんと返事したらいいかわからなかったから、「どうもすみません」と意味不明のあいさつを返した。
その後、尾上は豊田もいたことのある生産調査部に配属され、鬼そのものと言える林南八にパワハラ的にしごかれた。トヨタ生産方式の指導の仕方は直接、(林の弟子である)友山(茂樹・現副社長)から、これまた、ややパワハラ的に教わった。
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