トヨタ自動車の「変革の現場」を追うノンフィクション連載第16回。トヨタが販売カイゼンを加速させた大きな契機をたどると、リーマン・ショックに行き着く。不況に強いはずのトヨタ生産方式をもってしても、創業期以来の赤字に陥った。その時、トヨタはいかにつまずき、復活し、何に目覚めたのか。

ハイペースで増産体制を整える中、リーマン・ショックが直撃。その時、トヨタは?
ハイペースで増産体制を整える中、リーマン・ショックが直撃。その時、トヨタは?

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 1994年から始まった販売のカイゼンは、ユーザーを注視する「ジャスト・イン・タイム・サービス」という言葉に結びついている。なぜ、ここまでトヨタが客の方を向くようになったかと言えばそれはリーマン・ショック、そして、アメリカ上院の公聴会に経営トップが呼ばれるまでになった品質問題のふたつがきっかけだろう。

「社長が呼ばれた」公聴会とリーマン・ショックの教訓

 後者の品質問題は2009年、アメリカで起こった事故がきっかけで、トヨタ車の品質が疑われることになったもので、全世界で610万台ものリコールとなった。社長の豊田章男は上院の公聴会に呼ばれて、責任を追及された。結果的には事故原因は品質のせいではなかったのだが、そうした発表があったのは糾弾されてから時間が経った後だったので、アメリカのユーザーに残ったイメージは「何かがあって社長が公聴会に呼ばれた」ことだけだったのである。

 一方のリーマン・ショックの方がトヨタに与えたダメージは大きかった。「不況の時、減産に対しても利益を確保できる」ことがトヨタ生産方式の特徴とされていたのが、大量の減産時には通用しない事例となってしまったからだ。そして、この時の教訓がジャスト・イン・タイム・サービスという言葉に結びつき、販売カイゼンに力を入れる大きな動機となっている。

 リーマン・ショックに至るまでトヨタの業績は右上がりだった。

 社史にはこうある。

 「2007年末時点でのトヨタの海外生産拠点(エンジンなどユニット工場を含む)は、27カ国・地域で53事業体を数え、それまで10年間の1.5倍に増加した。また、日野自動車とダイハツ工業を加えた連結ベースの世界生産台数は、2000年の594万台から、2007年には950万台へと拡大していった。7年間で356万台の増加であり、年平均で約50万台の成長が続いた。トヨタの生産拡大は海外を中心に、年産能力20万台規模の工場を毎年2~3カ所新設するハイペースで進んだことになる」

 7年間で356万台とはホンダ(本田技研工業)の17年の世界生産数(352万台)を超える。わずかな期間で巨大自動車会社を作ってしまったようなもので、慢心はするだろうし、どこかにひずみは来るだろう。

 記述にある07年にはアメリカではすでに異変が現れていた。

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