トヨタ自動車の「変革の現場」を追うノンフィクション連載。第15回はトヨタ以外の国内、外資系の自動車販売会社で実績を上げ、コーチングのプロとなった人物を訪ねた。トヨタが苦戦しながら押し進める販売カイゼンは、他社と何が違うのか。そして、販売の現場を支える人材育成の勘所とは。

販売支援システムはあくまでツール。生かすには、現場のムダをなくすことと、人材の育成がカギになる。自動車販売のプロコーチが「営業スタッフ教育に必須」と挙げるのが、洗車の仕上げに使う「セーム革」。その真意は?(写真:Shutterstock)
販売支援システムはあくまでツール。生かすには、現場のムダをなくすことと、人材の育成がカギになる。自動車販売のプロコーチが「営業スタッフ教育に必須」と挙げるのが、洗車の仕上げに使う「セーム革」。その真意は?(写真:Shutterstock)

 前回までのあらすじはこちら

 トヨタ自動車が苦労しながら取り組んでいる販売のカイゼン。同業他社は黙って見ているだけなのか。

 現在、営業のコーチングをしている大久保政彦は、元はホンダ(本田技研工業)販売店のナンバーワンセールスマンだった。しかも、国内資本と海外資本を渡り歩いて、どちらの会社でも「売る男」だった。

 十数年前から販売店を回って、売り方、売るコツをコーチする仕事を始めている。もっとも、すぐには食えなかったから、スーパーの店頭で納豆の実演販売をしたり、営業車のドライバーをして、サバイバルしてきた。現在では斯界の現場の専門家となっている。

「ジャスト・イン・タイム」があってこそ

 彼は「トヨタのようにトータルな販売カイゼンを行っている会社はない」と判断している。

 「日本のディーラーは国内メーカーと海外メーカーのふたつの系列があります。現在、どちらの販売店にもトヨタさんでいう『e-CRB』のような顧客管理システム、一般にSFA(Sales Force Automation)と呼ばれるものは入っています。しかし、活用しているかと言えばそれほどでもない。

 たとえば地方のディーラーはあるメーカーの車を専売しているのではなく、複数のブランドを持つケースが多い。すると、あるメーカーが指定したSFAを使うことはできません。ディーラー独自で手に入れた汎用性のあるSFAを使うことになる。海外メーカー系列の販売店も事情は同じです。どれかひとつのブランドのSFAを使うことはできません。

 ただ、問題は顧客管理システムのよしあしではなく、販売店内の車両整備工場などにまでカイゼンが入っていることはまずない、ということなんです」

自動車販売のコーチングを手掛けるプログレス代表の大久保政彦氏。国産、外資系自動車販売会社で実績を上げ、2005年に人材育成会社設立に参加、16年より現職
自動車販売のコーチングを手掛けるプログレス代表の大久保政彦氏。国産、外資系自動車販売会社で実績を上げ、2005年に人材育成会社設立に参加、16年より現職

 大久保によれば、他メーカーの販売革新とは「新車販売のアシストをする」ことに尽きる。つまり、販売店の外観を変える費用を負担して客の誘致を図ったり、また、下取り価格を法外なまでに引き上げる。そうして、下取りを活発化して、乗り換えを加速するといった戦略を取る。あくまで販売店が新車を売るのを助けることがメーカーの役割と考えている。

 顧客が定期点検や車検でやってくる日時のデータは汎用ソフトでもつかむことができる。しかし、車検が数時間かかるのならば、客は店内に滞在することなく家に戻るか、もしくは映画でも見に行くだろう。短時間で整備が行われなくては店舗で商談することもできないのである。

 トヨタの販売支援システムe-CRBはバックオフィスと物流のカイゼンがあるからこそ実用的な価値がある。例えば、販売店で車両を預かり、整備をして、再び引き渡すまでの流れに潜むムダをなくし、整備工程のムダもなくす。そうしたカイゼンなしに、バックオフィスがジャスト・イン・タイムでなければ効果を発揮しない。トヨタ生産方式における「かんばん」がジャスト・イン・タイムの流れができていない生産ラインでは機能しないのと同じである。

 そして、自動車販売店のカイゼン思想はあらゆる小売店の生産性向上にも役に立つ。小売店でも販売最前線の人間を教育するだけでは生産性は向上しない。バックオフィスと物流のムダをなくし、整備をすればリードタイムが短くなる。そうすれば新たな商品開発にもつながる。デパートの場合で言えば「当日もしくは翌日配送の品物」だけを載せた中元、歳暮カタログを作ることができる。新しい商品ができれば売り上げを増やすチャンスもできる。

 SFAもe-CRBもあくまでツールだ。ツールを生かすようなカイゼンがなければ、機能しない。

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