トヨタ自動車の「変革の現場」を追うノンフィクション連載第14回。中国で販売支援システムを駆使する広汽トヨタを率いた北明健一氏(現TPS本部)も、かつて業務改善支援室で汗をかいた。原点は青森・八戸だ。師匠である友山茂樹・現副社長も千葉で苦労した。販売カイゼンは一筋縄では行かない。
広汽トヨタで最先端の販売支援システムを駆使していた北明健一(現TPS本部)もかつて業務改善支援室に呼ばれた。1998年、藤原靖久(現コネクティッドカンパニー)たちがITによる販売カイゼンを進めるべく手製のパソコン組み立てに取り組んだ翌年のことで、彼は30歳だった。
「イカの干物だって2週間は干さないだろ」
「行ってこい」と命令されて出かけて行ったのはトヨタカローラ八戸だった。同僚は北明の父親くらいの年齢の技能系の社員。技能系とは工場でずっと働いていた人間である。
北明たちはまず、販売店内の車両整備工場の整理整頓から始めて、ITツールの使い方を教えた。カイゼンは順調に進む。しかし、ひとつ乗り越えられない問題があった。
同店では下取りした中古車を新車同様にするため、フロアカーペットを取り外して、丸洗いしていた。カーペットを徹底的にきれいにすればにおいもなくなるし、車内空間は快適になる。カーペットの丸洗いは必要なのだが、天日干し乾燥に2週間はかかってしまう。乾くのを待っている間、店は中古車を売りたくても売れない。北明が乗り越えるべき課題は何が何でもカーペットを早く乾かす方法を見つけることだった。
師匠である友山茂樹(現副社長)に状況を伝えたら、こう言われた。
「お前な、青森名物のイカの干物だって2週間は干さないだろ。頭を使って1日で乾燥させろ」
ただし、カネは使うなとくぎを刺された。
追い込まれた北明は「発想の転換しかない」と洗濯工場を見学に行って、そこにあった大型の脱水機に目を止めた。
「なーんだ。これを使えばいいじゃない」
ただし、予算がないから脱水機を買うことはできない。そこで工事現場から捨ててあったドラム缶を拾ってきて、鉄の軸を差し込み、回転させてみた。すると、勢いよく回った。よしよしと思って、濡れたカーペットを入れたとたん、ガーっと大きな音がして、鉄の回転軸が外れてしまった。まったく使い物にならなかった。そこでまたカイゼンが始まる。
次は廃棄されたトラックの荷台に洗濯したカーペットを並べ、北国にはよく置いてあるジェットヒーターで乾燥させることにした。これはうまくいった。ただし、乾燥ムラというか、乾いたところとそうでないところができてしまう。結局、北明が思いついたのはまずガラスの温室である程度、乾かしてから、最後の仕上げにジェットヒーターを使うというもの。そうして、ついに2時間乾燥を実現したのである。
奮闘する北明をカローラ八戸の中古車センターのおじさん、パートのおばちゃんたちは「何してるべ」と、呆れて見ていた。しかし、拾ってきたドラム缶で工作したり、廃棄されたトラックの荷台にジェットヒーターを据え付けたりと一生懸命になっている姿を見ていると、応援したくなったようで、青森名物の干したイカを焼いて食べさせてくれたりもした。そうして、2週間かかっていたカーペットの乾燥が2時間になったため、おじさんもおばちゃんたちもほくほく顔になったのである。
カーペット乾燥のおかげで、車は車内のきれいな質のいい中古車になった。すると、ヤードに置いたとたんに売れるようになり、売り上げは上昇し、しかも資金が眠らないですむようになった。経営の数字も上がっていく。なんといってもお手製だから、大したカネはかからない。ただし、2時間乾燥の実現までには半年かかった。
北明が報告したら、友山は言った。
「よくやったけど、(トヨタ生産方式を体系化した)大野(耐一)さんだったら、2時間は長い。限りなくゼロにしろと言うぞ」

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