トヨタ自動車の「変革の現場」を追うノンフィクション連載第12回。「ITによる販売カイゼン」のためのシステム開発は、中古車検索から整備や店頭サービスへと対象を広げた。しかし、IT導入ですべて解決とはいかない。カイゼンの現場をより詳しく追ってみる。
「販売店のカイゼンは苦労の連続でした」
そう言うのは流通情報改善部の主査、鳥居圭吾だ。
どぶさらいと雪下ろしと台車とAGVと
「私は豊田(章男・現社長)、友山(茂樹・現副社長)の下でカイゼンを始めたのですが、1994年にスタートした頃は国内営業や販売店の人たちは、お手並み拝見というか、私たちが失敗するのを待っていたと、豊田は言っていました」
前述のように自動車販売店はふたつのスペースから成り立っている。
店舗の裏にある整備や修理を行う場所にはツナギを着て、油にまみれて働く人たちがいる。一方、店頭にはスーツを着た営業担当者が客と話をしている。
カイゼン部隊の目的は、このふたつのファンクションの生産性を上げることだ。
鳥居たちは現場を訪ねて、ふたつの空間の人の動線、モノの動線を観察、記録して、どこにムダがあるかを洗い出す。それを誰でもわかるように表にして、紙に描いて、壁に張り出す。
「整備工場ではカイゼンツールを導入すれば作業はやりやすくなりますし、生産性も上がります。つまり、残業時間が短くなります。カイゼンの前にもちろん現場の清掃、場内の整理整頓が大事です。店舗の外の排水溝のどぶさらいもやりますし、雪国の販売店では雪下ろしは必ずやることでした」
カイゼンツールはITだけではない。整備工場では独特の「台車」とAGV(無人搬送車)を使う。台車は主にタイヤを外したり取り付けたりするためのもの。車検の場合、タイヤを外してチェックする。タイヤの取り外しは整備工場では日常的な仕事だ。
わたしは自宅近くの販売店へ行き、整備工場をのぞいた。高級車の販売店であれ、タイヤの取り外しは今でも人力だ。リフトで上げた車からタイヤを外すと、よっこらしょと下におろす。タイヤをチェックし、押していってローテーションなどをする。だが、タイヤはホイール付きで1本20キロはある。外したり、付けたり、押して行くのは大変な作業なのである。
カイゼン部隊はまずそこを変えた。タイヤを載せておく台車を開発した。台車がタイヤを外す位置まで昇降するため、メカニックに負担がかからないようにしたのである。そして、空気圧を測る機器、インパクトレンチといった道具はすべて台車にセットした。当初は台車を押して行ってタイヤのローテーションを行ったのだが、現在ではAGVが活躍している。
AGVとは無人搬送車だ。トヨタの工場ではボディーや組付け部品を載せたAGVがラインにいる作業者の元まで運んでくる。それを元にして、カイゼン部隊は整備工場で使うAGVを作った。AGVがもっとも威力を発揮するのはタイヤのローテーション工程だろう。メカニックがタイヤを外した後、台車は工具を搭載したパーツとタイヤを載せたパーツの二つに分離する。そしてタイヤを載せたパーツはAGVがローテーション先まで運んでくれる。作業者が高齢であっても、女性であっても、タイヤチェック、ローテーションができるのは台車とAGVを開発したからだ。
また、整備工場といえばうす暗くて床にさまざまなものが転がしてあったりするのだが、照明を明るくし、場内を整理整頓した。そうすれば車検を頼みに来た客が場内の入り口もしくはガラス越しに中をのぞくことができる。調理場をオープンキッチンにしたようなもので作業者の様子は変わった。人が見ているところで仕事をしていれば汚れたツナギは着ないし、髪の毛も整える。タイヤを蹴飛ばしたりという乱暴な動作もできない。整備工場というより、レース場のピットのように写真映えするように整えるのが整備場のカイゼンだ。
最大の成果は車検時間の短縮である。彼らが着手した当時、車検は1泊2日の「泊まり車検」が当たり前だった。それを整備や検査、洗車など工程間の滞留をなくしたりして、車検時間を縮め、数時間、2時間とし、今では45分になっている。トヨタ生産方式の得意技ともいえる、標準作業の設定、ムダを排除することで、車検時間は短くなった。
そして、短時間車検を売り物にしている専門企業は実はこのカイゼンを見て、始めたフォロワーなのである。
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