トヨタ自動車の「変革の現場」を追うノンフィクション連載第10回。トヨタの中古車販売を「電子そろばん」で変えた人物がいる。藤原靖久氏だ。トヨタ生産方式を厳しく現場に伝える「鬼」に鍛えられ、「武闘派」の下でパソコンの知識を生かした。自前の中古車画像検索システム「Gazoo」(現GAZOO)の誕生であった。
藤原靖久は1987年、水泳選手としてトヨタ自動車に入社した。鈴木大地より3歳年上、小谷実可子より2歳上で、「あそこには立派な50メートルプールがある」という理由でトヨタに入ることにした。本社工場の工務部に配属され、そこで生まれて初めてコンピュータの研修を受けた。文理学部体育学科卒業だったにもかかわらず、藤原はコンピュータと相性がよかった。まだパソコンをいじり始めてひと月ほどで、社内では「電子そろばんに詳しい男」になってしまったのである。つまり、それくらい、他の人間は「電子そろばんが苦手だった」。
鬼に鍛えられ、武闘派の下へ
彼がある物流カイゼンに初めてコンピュータを使ってみたところ、トヨタ生産方式の鬼、林南八からほめられるという結果を招いた。林は藤原に「よくやった。藤原、お前は生産調査室に来い」と誘う。
1994年からは、林からスパルタ教育でしごかれたが、藤原は得意の「電子そろばん」を活用して、林がなんとも評価できないようなやり方で現場のカイゼンをしてしまった。手書きだったデータをパソコン上に置き換えたり、カイゼンのシミュレーションをパソコンで行ったのである。しかし、ある日のこと、林からカミナリが落ちた。
「お前な、コンピュータばかり使ってるけどな。いい加減にせい。トヨタ生産方式とは現場に丸を描いて、そのなかに立って、見てるもんだ。コンピュータをやめて現場へ行け」
それでもかまわず、藤原はパソコンをカイゼン活動に持ち込んだ。そんなある日、すでに林の後を継いで、「次世代の鬼」と呼ばれるようになっていた友山(茂樹・現副社長)から呼ばれる。
「おう、藤原。販売のカイゼンをやるからこい」
そんな経緯で藤原は業務改善支援室に呼ばれた。藤原は林から解放されて助かったと思ったが、友山だって当時は武闘派だったから、素直に喜んだわけではない。しかし、それでもパソコンを使って何かができるという喜びはあった。
「生産調査室ではTPS(トヨタ生産方式)自主研究会を主宰しています。TPSを導入した協力企業がグループとなって現況の発表をする。それにならって業務改善支援室はTSL(トヨタセールスロジスティックス)の自主研を作りました。販売、物流カイゼンを入れたカーディーラー(販売店)が自主的に研究して、発表する。生産調査室で林さんがやっていた役割を友山さんがやって、パワハラ的にみんなをどんどん走らせていたわけです。僕は豊田(章男・現社長)、友山に言われてパソコンを導入しました。最初は中古車の物流カイゼンでした」
中古車は販売店にとっては重要なビジネスだ。安く買い上げて高く売ることができれば新車のマージン収入よりも高額になるケースが多い。
販売店で初めて車を買う客以外は、通常、乗っていた車を下取りに出す。店は下取りの中古車を買い上げて、その分を新車の価格から割り引く。問題は在庫だ。中古車は早く売らないとどんどん価値が下がってしまう。生鮮食品と同じなのである。
また、最初から新車でなく、中古車を買う客も少なくない。そうした客は直接、販売店の中古車ヤードへ行くか、中古車専門店を訪ねる、もしくは中古車情報雑誌を買う。当時はそんな方法しかなかった。
それを彼らはがらりと変えた。パソコンとネットを使って、ヤードに出ていない中古車を画像検索で販売したのである。本来ならば中古車情報誌を出していた出版社が考え付くべきことだろう。紙に載せていた情報をパソコン画面にそのまま移し替えればいいのだから……。しかし、出版社は腰が重かった。毎日、パソコンを触っていた業務改善支援室の人間の方が先に気づいて実行に移してしまったのである。
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