トヨタ自動車の「変革の現場」を追うノンフィクション連載第9回。豊田章男・現社長は1990年代後半、販売店のカイゼンにITを導入した。それはトヨタ生産方式の形を変えることにもなった。時はIT黎明期、トヨタ首脳陣は米マイクロソフトを率いるビル・ゲイツ氏と会談する。その時、彼らが質問したこととは……。

若き日のビル・ゲイツ氏にトヨタ首脳陣は何を尋ねたのか(写真:Rob Crandall / Shutterstock.com)
若き日のビル・ゲイツ氏にトヨタ首脳陣は何を尋ねたのか(写真:Rob Crandall / Shutterstock.com)

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 豊田章男が始めた販売カイゼンの取り組みは1996年、業務改善支援室の設立へとつながる。1990年代後半、まだパソコン黎明期であるにもかかわらず、彼らは販売店のカイゼンにITを導入した。

カイゼン現場にITがやってきた

 実はトヨタ生産方式が大きく形を変えたのは、この時だった。彼らはトヨタ生産方式を販売分野に適応させただけでなく、カイゼンの道具(ツール)にITテクノロジーを使った。しかも、システム開発はソフト会社に頼んだのではない。すべて自前でやっている。システム会社もまだ多くはなかったため、内製するしかなかったとも言える。しかもソフトを開発する時の考え方はトヨタ生産方式の手法を採用した。

 その後、同業他社だって当たり前のように社内にITシステムを導入していく。しかし、トヨタは国内のどの業種よりも販売現場への導入が早かった。

 ITテクノロジーをツールにしたのは彼らが若かったからだろう。販売のカイゼンを始めた当時、豊田も友山(茂樹・現副社長)も30代で、他のメンバーは20代だった。いずれもパソコンに親しみを持っていて、生活のなかで活用し始めていた。いくら優秀であっても、彼らより年上の人間ではパソコンに親近感がない。若さと未熟さが彼らの原動力だった。

 販売のカイゼンが始まった1994年の次の年、マイクロソフトが「ウィンドウズ95」を売り出した。同じ年、アマゾンがネット書店としてサービスを開始した。グーグル創業者のラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンはスタンフォード大学の構内で出会っている。

 作家の速水健朗が書いた『1995年』(筑摩書房)にはその頃のインターネット前夜の状況が詳しく書かれている。販売のカイゼンが始まった頃のIT事情だ。

 「1995年当時の(日本の)パソコン普及率は16.3パーセント。インターネット普及率の調査は1996年より始まっているが、その時点で3.3パーセントと低かった」

 「日米のインターネットwwwサーバー数を比較すると、アメリカの8798台に比べ、日本は306台。米日で28.8倍の開きがある。インターネットはまだまだアメリカの情報サービスであり、日本ではやっと認知された程度の段階であった」

 「インターネットの商用利用が可能になり、一般向けのインターネット接続サービス事業が始まったのは、この2年前の1993年末のことだ。そして、一般家庭にまでインターネットが導入されるようになるのは、1995年よりもまだ数年のちのことである。日本の家庭でのインターネットの利用率が50パーセントを超えるのは、2000年から2001年の間のこと」

 「1995年はパソコンの出荷台数が、初めて500万台を超えた年だった。これ以後、パソコンの出荷台数は順調に増え、2000年には国内出荷台数が1000万台を突破し、2010年以降は毎年、1500万台に届いている」

 こういった状況だったのに、豊田たちは1996年には中古車をインターネット上の画像で探すことができるシステムをなんとか作り出した。97年にはそれを本格化した「Gazoo(ガズー)」というサービスを始めている。

 翌98年にはGazooを全国展開して、会員制のウェブサイトまで立ち上げた。ただし、会員は少ない。前記のように、インターネットがまだ普及していなかったからだ。

 わたし自身、覚えているけれど、インターネットの普及はeメールから始まった。それもほとんどの人間はプロバイダーのアドレスだ。インターネットで「検索する」ということが日常化したのは2000年前後で、それまではほぼeメールしか使われていなかったろう。

 それでも劇的な変化だった。それまでわたしはPCで書いた原稿をプリントアウトしてからFAXで送っていた。数枚ならいいけれど、単行本のために300枚も原稿を書いたら、FAXでは時間がかかったから、服を着て、靴を履いて、出版社まで封筒に入れた原稿を届けていたのである。宅配便で送って、なくなりでもしたら大変なことになるから、大部の原稿は自分で運んでいた。

 それが、時間がかかるにせよ、テキストはeメールに添付して送ればよくなった。結果として出版社に行くこともなくなり、顔を見たこともない編集者と原稿のやり取りをするようになる。作家という商売はインターネットの登場で変わり、「書痙」とか「ペンだこ」とは無縁になった。

 話は販売カイゼンに戻る。

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