トヨタ自動車の「変革の現場」を追うノンフィクション連載第7回。戦後、トヨタ自工とトヨタ販売に分離したトヨタが再び「工販合併」したのは1982年。以降、販売のカイゼンは大きな課題だったが、なかなか進まない。そんな中、トヨタ生産方式を販売部門に適用しようと、ある男が立ち上がる。

遅々として進まなかったトヨタの販売改革。風穴を開けたのは地区担当員時代の豊田章男社長だった(写真:ロイター/アフロ)
遅々として進まなかったトヨタの販売改革。風穴を開けたのは地区担当員時代の豊田章男社長だった(写真:ロイター/アフロ)

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 戦後の労働争議の結果、トヨタ自動車はトヨタ自工と自販に分かれた。ふたたび合同したのは1982年。実に32年ぶりのことだった。同年3月15日の調印式にはトヨタ自工から会長の花井正八、社長の豊田英二、自販からは会長、加藤誠之、社長、豊田章一郎が出席している。合併契約の主な内容は次の通りだ。


  1. トヨタ自工は、合併期日に商号をトヨタ自動車株式会社(TOYOTA MOTOR CORPORATION)と変更する。
  2. トヨタ自工は、授権株数を20億株(1000億円)増加し、その総数を60億株(3000億円)とする。
  3. トヨタ自販株1株につきトヨタ自工株0.75株の割合で、新会社株式を割当交付する。ただし、トヨタ自工が所有するトヨタ自販株2億1000万株は割当をしない。

 3項にある株式の価値は自工の方が工場という資産を持ち、人員も規模も大きかったことからくる。本当ならばもっと価値に差があってもよかったのだろうけれど、自工の方が自販に遠慮したと思われる。

 ともあれ、こうして合併したのだけれど、すぐに一心同体になったわけではない。

自動車販売の教科書を作った男

 カローラ、サニーが出た1966年からが本格的なモータリゼーションの時代とされている。つまり、庶民が自家用車を買うようになったわけだ。この頃から1970年代までトヨタ、日産は自動車会社の2強とされていたのだけれど、その後は徐々にトヨタのシェアが高まっていく。ベストセラーとなった車を出したこともあるけれど、「販売のトヨタ」と呼ばれたくらい、日産よりも販売力があった。

 その理由は主にふたつ。

 ひとつは神谷正太郎の戦略だ。

 敗戦後、トヨタ自動車(工販分離前)の販売を担当していた神谷正太郎は自動車販売の教科書を作った男と言える。戦前、日本ゼネラル・モータース(日本GM)で副支配人まで行った彼はトヨタに移ってからも販売を掌握した。戦後、ディーラーが各地にできた時、地元のボス的存在がやっていた有力ディーラーをすべてトヨタの傘下にしたのは神谷だ。

 ただし、戦後すぐから10数年はディーラーを持っていたけれど、売るタマがなかった。トヨタは敗戦直後は進駐軍のジープや乗用車の修理をしていたし、作っていたのはトラックだった。当時のディーラーとはトヨタ傘下であっても新車販売ではなく、自動車修理工場に近い存在だった。

トヨタの「自動車販売の基礎」を作った神谷正太郎氏(写真提供:トヨタ自動車)
トヨタの「自動車販売の基礎」を作った神谷正太郎氏(写真提供:トヨタ自動車)

 神谷はツナギを着ていた修理工場の人間にスーツを着せ、頭を下げることを教え、セールスマンに仕立て上げた。戦前、日本GMで教わったことを彼はトヨタの販売店に伝授したのである。定価販売、月賦販売を取り入れたのも彼だし、自動車教習所を設立したのも彼だ。

 また、神谷が自動車の販売を託した地元のボス的存在はディーラーだけでなく、他にも事業をやっていたり、また、地方新聞、テレビ、ラジオを兼営しているケースも少なくなかった。そうした地元の名士が社長をやっていれば業務用車、タクシーの営業には有利に働く。名古屋近郊の葬祭場で使う霊柩車はトヨタの最高級車種センチュリーになっているところが多い。地元の名士が経営者でなければそういうところへ車を納めることはできない。トヨタが業務用車に強いのはそういった背景があるからだ。

 もうひとつの理由は優秀なセールスマンがトヨタ販売店に集まっていたからだ。その頃、車の営業マンは基本給よりも新車を売った歩合の方が多かった。すると、数売る人間は売れる車を持っている販売店へ移ってしまう。サニーよりもカローラの方が「売れる」と思ったら、日産の販売店をやめて、トヨタに移ればいい。そうして、優秀なセールスマンが何人もやってくればますます車は売れていく。モータリゼーションからバブルの頃まで、トヨタの販売店にとっては黄金時代だったろう。

 ところが、バブルがはじけて、事情が変わった。

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