トヨタ自動車の「変革の現場」を追うノンフィクション連載第6回。ZARA、農機具、おにぎり──その共通点とは? トヨタが追求する「イノベーション」と、トヨタを悩ませる「ジレンマ」に迫る。販売の最前線は、なぜ変われないのか。どうすべきなのか。
トヨタ生産方式を導入しているメーカーはキヤノンやファーウェイを始め、世界中にいくつもある。だが、その考え方を自己流にアレンジして大成功したのはファストファッションのZARAだ。
イノベーションと技術革新
創業者のアマンシオ・オルテガは1985年に持ち株会社のインディテックスを作り、ZARAのブランドでアパレル業に乗り出した。オルテガは新しいものに挑戦するタイプの男で、80年代の後半に、地元の大学教授をIT部長に登用し、また、トヨタにいた技術者を「ジャスト・イン・タイム」のコンサルタントとして招聘した。
その結果、ZARAは在庫品をなくすために、2週間単位で新商品を投入し、売り切れても増産をしないというビジネスモデルを作った。ファッションの業界はつねに在庫に苦しめられてきたから、それをなくすためにトヨタ生産方式を援用したのである。
オルテガはイノベーションを興した。その結果がファストファッションという業界につながったのである。
ここにあるようにトヨタ生産方式はそれ自体がイノベーションの結果で、また、同方式におけるカイゼンとはイノベーションをさす。
では、イノベーションとは何か。大半の人は技術革新とイノベーションを同じ意味でとらえているが、ふたつは別物だ。
農機具とコンビニのおにぎり
イノベーションの例としてよく挙げられるのが分割払いの誕生だろう。19世紀後半、アメリカのサイラス・マコーミックは能力が5倍の刈り取り機を開発し、特許を取得した。だが、収入が少なかった農家は、能力は高いけれど高価な刈り取り機を買うことができなかった。そこで、マコーミックはキャッシュ払いではなく、「代金は分割でいい」と決めたのである。
分割払いは技術の進歩ではないし、技術革新の結果でもない。マコーミックという個人の思いつきだ。そして、マコーミックの視線の先にあったのは「分割払いならば高価な商品でも買うことができる」消費者である。つまり、イノベーションとは消費者の潜在的な欲求をみたすものだ。
もうひとつのもっとわかりやすい例がコンビニにある海苔がパリパリのおにぎりだろう。元禄期以来、日本人が食べたおにぎりとは、塩むすびがほとんどだったが、すでに海苔が巻いてあったそれもあった。おにぎりとは最初から海苔が巻いてあるものだった。
ところが、1978年、おにぎりに個別包装という技術革新が起きる。その時、ある人(ひとりではないと思う)が、個別包装ならパリパリの海苔を同封すればいいじゃないかと思いついた。こちらはイノベーションだ。
──そうすれば食感がいいし、第一、海苔の香りが失われないじゃないか。
結果として、今、日本人が食べているおにぎりの9割は海苔パリパリのおにぎりだ。ウェットな海苔おにぎりもむろん存在しているけれど、定番になったのはパリパリ海苔である。
このように、イノベーションとは誰にでも思いつくものだ。思いつくか思いつかないかが分かれ目で、実行した人が勝ちとなる。理科系の人間が行う技術革新とは違い、イノベーションは誰にでも、いつでも実行するチャンスがある。イノベーションを行う人とは特別な才能がある人ではなく、一部の人たちだけが持つ特殊な技能の結果ではない。
継続的に考えること、考える習慣を持った人の方が行うのがイノベーションだ。それも生真面目に一心不乱に考えを深めたからと言って思いつくわけではない。むしろ、真面目にコツコツやる人は不得手だろう。
トヨタ生産方式はイノベーションだ。それまでのフォード式大量生産とは考え方がまったく違う、飛躍した考えのものだ。たたき上げの副社長、河合満は「いいカイゼンをするのは横着なやつ」と言っていたが、まさしくその通り。生真面目な人よりも、せんべいをかじりながらテレビを見て、足でリモコンやら新聞を引き寄せる人が思いつくのがカイゼンであり、イノベーションだ。
河合は言う。
「真面目なやつが大きな金をかけてカイゼンすると元に戻すのに時間とカネがかかる。カネをかけずに知恵で改善をするのがいいカイゼンだ」
トヨタ生産方式における現場のカイゼンは大げさに考えることではない。実用的でなくては用をなさない。もっと言えば、これまでの常識を疑うことであり、昨日よりも今日、今日よりも明日のために、小さなことを継続的に変えていくことだ。何よりもイノベーションが行われなければ、既存の自動車会社は存続ができないか縮小する時代になっている。
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