モビリティ革命の渦中、トヨタ自動車の「変革の現場」を追うノンフィクション連載の第3回。トヨタの「つながるクルマ」の拠点、トヨタコネクティッドに社長の友山茂樹を訪ねる。今、見るべきトヨタの理想形はどこかを問うと、その答えは「広州」だった。
「トヨタの工場なら、ずいぶんたくさん見ました。8年半の間に80回以上は行っています。鍛造工場では風呂にも入ったくらいなんだから」
そう言ったら、友山茂樹はふんふんとうなづいた。
「野地さん、それ、知ってますよ。でも、トヨタはつねに現地現物を大切にする会社です。まだまだ見てないところがいくつもあるはずですよ」
一瞬の後、友山は笑いながら付け加えた。
「たとえば、ほら…」
名古屋トヨタコネクティッドにて
一昨年の秋のことだった。わたしは名古屋の伏見にあるトヨタコネクティッドの本社へ出かけて行った。そこはトヨタのIT会社だ。カーユーザーに車載器を介してさまざまな情報を提供する「つながるサービス」の会社で、EV(電気自動車)、自動運転が始まる近未来は、もっとも成長する会社とされている。
友山はトヨタ本社の副社長であり、トヨタコネクティッドの社長だ。今でこそ、同社は学生に少しは人気のある企業になったけれど、まだ一事業部門だった頃は名古屋市内の古いビルにあった。ITを武器にモビリティサービスを追求しようと決めたのは豊田章男で、ついて行ったのが友山、藤原靖久、吉岡輝、鳥居圭吾といった当時、若手の社員たちだった。彼らは全員、将来を約束されたエリートでもなければ、頭でっかちのテクノクラートでもなかった。スーツよりも作業服を着ている時間が長い生産現場の男たちで、しかも、友山をはじめ、予算を持っていなかったから、パソコン1台を買う金もなく、大須商店街で買ってきた安い部品を使ってパソコンを組み立てるようなことをしていた。
そんな非エリートの現場の人間が集まってできたのがトヨタコネクティッドである。
現在はレクサス、クラウン、カローラといったコネクテッドカーにつながるサービスで忙しい。だが、パソコン黎明期に会社を設立した頃は、ばたばたとさまざまな仕事に手を出した。パソコンソフトを内製しただけでなく、本体を組み立てたり、コンビニに情報端末を置いたりと悪戦苦闘していたので、社名に「トヨタ」をつけることも許されなかった。「ガズーメディアサービス」という名称で、ひとりひとりが朝から晩まで走り回るベンチャー企業だったのである。
それが今では年商500億。従業員は710名に成長している。トヨタ、マイクロソフト、セールスフォース・ドットコムの合弁でもある。
さて、話はトヨタコネクティッドの本社に戻る。友山は話を続けた。
「たとえば、ほら…、広州にある広汽トヨタは見てないでしょ?」
「アメリカのケンタッキー、テキサスは行きましたけれど、中国は見てませんね」
どうして中国なの、どうして広州なの、どうして、そこに行かなければならないの…。わたしは疑問に思った。
友山は気持ちを見透かしたのだろう、嬉しそうな顔になって後を続けた。
「中国へ行く必要はないと思っているんでしょ」
「ええ、うん、まあ…。だって、空気は汚いし、食べ物だって、ねえ。餃子に段ボールが入ってたりするんでしょ」
「情報、古いなあ。古い。段ボール餃子なんて、もうそんな餃子はありませんよ。とにかく広州を見ないと始まらない。トヨタ生産方式の理想形は広州にあるんです。だって、野地さんはトヨタ生産方式をもっともっと理解したいんでしょう。だったら広州トヨタを見ないとダメですよ」
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