モビリティ革命の渦中、トヨタ自動車の「変革の現場」を追うノンフィクション連載の2回目。本編スタートの地は米テキサスだ。トヨタ車販売店のパット・ラブ社長が見据えるのは「アマゾンがクルマを売る時代」。顧客のニーズはどう変わるのか、生き残り策を語る。
前著『トヨタ物語』では7年間にわたって同社の生産現場を見学した。国内とアメリカの工場を70回以上、見学に行って観察した。それはトヨタの生産現場がもっとも変化した場所だからだ。トヨタの物語は変化のなかにある。そして、トヨタで働く人々の顔は、変化に対応したことによって浮き彫りになる。わたしはもっとも変化した場所で彼らを見た。
では、次はどうすればいいのか。自動車業界で、もっとも変化している場所はどこか。EV(電気自動車)なのか、自動運転なのか。つまり開発のセクションなのだろうか。それとも業界再編なのか。コネクティッドカーやシェアリングビジネスなのか。
野地さん、EVや自動運転の話は聞きたくありません
実は2年近く、どこを見に行けばいいのかを考え続けていて、迷走していた。すると、ある日、すっきりと頭が整理された。インタビューしていたトヨタの社員からずばりと指摘されたのである。
「あのう、失礼ですけれど、野地さんからEVや自動運転の技術的な話を聞きたいとは思いません。それは専門家にまかせておいて、野地さんだけが見に行きたいところにすればいいんじゃないですか」
こいつ、言ってくれるじゃないかと最初はムカッときたけれど、考えてみたら至言だった。彼の言うとおり、EVや自動運転や業界の将来予測は世界中の自動車関係者がすでにやっている。素人同然のわたしがエラそうに解説したら、みんな嬉しそうにわらうだろう。
180度、方向転換した。日本海海戦でバルチック艦隊を前に東郷平八郎が艦隊の方向を変えたように、EV、自動運転、業界の動向や将来予測は追わないと決めた。
いちばん変化しているところ…。それは客だ。客の気持ちがもっとも変化している。だから、わたしは客と接する現場を見に行くことにした。トヨタに限らず、自動車会社の販売と物流の現場を見学し、加えて自動車のユーザーたちにインタビューをした。そこは大変革が起きている場所だった。
よく、人は「未来はわからない」と言う。わからないと言いながらも未来や将来の予測をする。しかし、わたしは本稿では未来予測はしない。それは予測することが難しいからではない。誰もがだいたいの未来をわかっているからだ。大切なのは、正確な過去を認識することだ。
正確な歴史を認識しない国や企業の未来は過酷だ。過去を改ざんしはじめた組織に将来はない。たとえばソ連やかつての東欧諸国は過去の歴史を共産党政権に都合のいいように変えていた。ロシアがまだソ連だった頃、よく知られたジョークがある。あるリスナーが「アルメニア・ラジオ」に電話をして、次のように質問した。
「未来を予言することはできますか?」
DJは答える。
「ええ、問題ありません。未来がどうなるか、われわれにははっきり分かっています。問題は過去ですね。なにしろ、しょっちゅう変わるものですから」(『ヨーロッパ戦後史』トニー・ジャットより)
過去を変えていたソ連はなくなり、今はロシアになっている。
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