「デザイン思考の普及でビジネスパーソンとデザイナーのコミュニケーションが進む」。こう話すのは米アドビシステムズのシニア プリンシパル デザイナーであるコイ・ヴィン氏だ。ビジネスパーソンとデザイナーの間にある「壁」がデザイン思考という「共通言語」の浸透で崩れていくと見る。

コイ・ヴィン氏(Koi Vinh)
米アドビ シニア プリンシパル デザイナー
モバイル関連のスタートアップであるMixelの共同創業者兼CEOの他、「The New York Times」のデジタルデザインディレクターなどを経て、現在は米アドビのモバイル向けプロダクトデザインディレクターとして新世代のソフト開発に取り組んでいる

多くの企業がデザイン思考に取り組んでいますが、この流れをデザイナーとして、どのように見ていますか。

ヴィン氏 デザイン思考はビジネスパーソンにとって、非常に役に立つ存在と言えるでしょう。なぜならデザイナーではないビジネスパーソンも、デザインの考え方を理解できるようになるからです。今までの発想を大きく変えるツールになることは間違いありません。ただ、個人的にはデザイン思考の手法自体は、まだ完璧ではないと思っています。もっと改良の余地があるでしょう。そうした一方で、デザイナーの中にはデザイン思考について否定的な意見も出てきています。

なぜデザイナーがデザイン思考に否定的なのでしょうか。

ビジネスパーソンとデザイナーの間に、デザイン思考についての誤解があるからでしょう。ビジネスパーソンがデザイン思考を学んでも、デザイナーと同じような仕事ができるわけではありません。デザイン思考はデザイナーになるための方法論ではないので、スケッチがうまくなるとか、優れたデザインができる、というのではありません。デザイナーにはなれないのに、デザイナーになったように誤解するビジネスパーソンがいるのではないでしょうか。

 そんな誤解があるから、「デザイン思考では本当のデザインはできない」と、デザイナーはデザイン思考に否定的になるのです。そうした状況は日本でも海外でも同じです。しかしデザイン思考を通じてビジネスパーソンにデザインの考え方が浸透することは、デザイン業界やデザイナーにとってもマイナスではないと思います。

 これまでのデザイン業界は、誤解を恐れずに言えば、一部の人たちだけに閉じていた狭い世界だったのではないでしょうか。どんなに優れたデザインの製品でも、ビジネスパーソンの多くはデザインには無関心だったと感じます。

 もちろんデザインの重要性は認識しているでしょう。しかし「デザインのことはよく分からないから」といった態度のビジネスパーソンがほとんど。ビジネスパーソンにとって、デザイナーの行動やデザインは、不可解な存在だったかもしれません。一般社員と採用のプロセスも違いますから、デザイナーとの間に見えない「壁」があったのではないでしょうか。

 しかし、そうした壁もデザイン思考によって崩れていくと思います。多くのビジネスパーソンがデザイン思考のワークショップに参加するなど、関心は高まっています。デザイン思考を通じてデザインの世界に興味を持っていただければ、むしろデザイナーのすごさを理解できるようになるからです。だからデザイナーにとって、デザイン思考の存在はマイナスではないのです。

 デザイン思考で互いのコミュニケーションや理解が進めば、企業内でのデザイナーやデザインの地位も上がるはずです。CDO(チーフ・デザイン・オフィサー)を置く企業が増えているのも、デザインの重要性を強く意識するようになったからでしょう。デザイン思考は、デザイナーとビジネスパーソンの「共通言語」と言える存在になっていくのです。

デザイン思考を否定するのではなく、デザイナーもうまく“活用”すべきと。

デザイナーもデザイン業界を閉じた世界にするのではなく、もっとオープンにするべきです。デザイナーが具体的に何をする人なのか、あまり理解していないビジネスパーソンがいるならば、もっとアピールすればいい。

 実は同様な関係は、エンジニアとビジネスパーソンにもありました。これまではデザイナーと同様に互いに壁があった。しかし、AI(人工知能)やIoTなどテクノロジーの重要性を理解していないビジネスパーソンは、今ではほとんどいないでしょう。デザイン業界も同じです。デザイナーはもっとポジティブにデザインの重要性をビジネスパーソンに示すことができるはずです。

 「デザイナーになったつもりのビジネスパーソンが出てきて、変なデザインが増えるのは我慢できない」と感じるデザイナーもいるでしょう。でも、だからこそ良いデザインの価値が高まり、デザイナーの存在意義が高まるのです。長期的な視野で見れば、デザイン思考はデザイン業界の向上にもつながりそうです。