「完全キャッシュレス」=「現金お断り」の飲食店が増えてきた。今から1年前に開業し、この流れに先鞭をつけた店がある。運営するのはファミレスチェーン「ロイヤルホスト」で知られるロイヤルホールディングス(HD)。キャッシュレスは飲食現場をどう変えたのか。普及への課題も含めて深掘りした。

「CASHLESS」。黄色地に黒字で大きく書かれた看板に、道行く人がはてと足を止める。2017年11月、江戸時代から続く問屋街である東京・日本橋馬喰町に突如現れた現金お断りのレストランが「GATHERING TABLE PANTRY(ギャザリング・テーブル・パントリー)」だ。
ロイヤルHDが次世代の店舗運営を試す場としてオープンした実験店である。数多くのメディアが取り上げ、異業種や自治体からの視察が引きも切らないこの店は、日本のキャッシュレスの現実と課題を映し出している。
PayPay、Amazon Payも検討中
「完全キャッシュレス」と銘打つだけあって、店内では現金に代わる決済手段を多数そろえている。主なクレジットカードや電子マネーを網羅しているのはもちろん、スマホアプリを介した「QRコード決済」にも対応。QRコード決済は現状、「楽天ペイ」「d払い」「LINE Pay」のみだが、PayPay、Amazon Payの導入も検討中だという。会計時には割り勘も選択できる。

店側にとってみれば、レジそのものがないため、閉店後にレジ締め作業をしなくていい。ともすれば、この1点をもって劇的に生産性が上がったと報じられることが多いが、それはキャッシュレスがもたらす効果の一面しか見ていない。
開業して1年で一番の成果は何なのか。ロイヤルHDイノベーション創造部の中西喜丈課長に尋ねると「(店員が)精神的にラクになったことに尽きる」と振り返る。最も大きいのは、店員がお金を扱うストレスから解放されたことにあるという。「これは(会計時のキャッシュレスと現金の比率を)100対0にしたからできたのであって、6対4、7対3の店ではこうはいかなかった」(中西氏)。
真の効果はサービス力の向上
店が完全キャッシュレスになることで、レジ打ちをする人が不要になる。しかし、ロイヤルHDの場合、だから人を減らそうとはならなかった。むしろ空いた時間で何ができるかを考えるようになった。
「入り口のドアを開けたり、見送りしたり、テーブルを回ってお客さまと会話したり。本来やりたかったけどできなかったホスピタリティーに時間を費せるようになった」(イノベーション創造部の泉詩朗担当課長)。
取材の数日後、実際にこの店の前を通りかかると、確かに店員が来店客をドアまで案内して見送りしていた。キャッシュレスになったことで、飲食店のサービス力は向上する一例と言えるかもしれない。
実際にこの店では、キャッシュレス以外にも随所に新たな試みをちりばめ、隙間時間の捻出に成功した。注文をデジタル化し、来店客は紙をめくるように「iPad」でメニューを選び、数回タップするだけでオーダーを完了。店員は装着した「Apple Watch」の振動でそのオーダーや来店客からの呼び出しを把握する。つまり、「完全ペーパーレス」も実装した。
さらに厨房は、火と油を全く使わない「クリーンキッチン」だ。調理はセントラルキッチンが担い、店側は最新鋭の調理器具を導入することで、調理済みの食材を短時間に解凍、加熱できるようにした。キャッシュレス+αの業務効率化を加味すれば、店員の営業前後のオペレーション時間は、同規模の従来型店舗(約310分)と比べて、僅か3割の1日当たり約90分にまで縮まった。
こうしたチャレンジが、採用面でもプラスに働くようになった。「先日、求人募集をかけたところ、予想以上に多くの応募があった。新しい取り組みをしているのが、思った以上に評価されているのかもしれない」(泉氏)。
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