イタリア「セリエA」所属のASローマは独自に作成した「デジタル活用10のルール」を実践。トッティ引退セレモニー動画が7300万PVを叩き出すなど、デジタル活用のフロントランナーとなり、事業機会拡大につなげている。
ASローマはローマを本拠地とする名門サッカークラブ。日本代表ミッドフィールダーだった中田英寿氏が所属していたこともあり、日本でも知名度、人気ともに高い。
そんなASローマは、セリエAの中でもデジタル戦略にたけた先進的なサッカークラブとして知られている。だがここに至るまでには「多くの失敗があった」とASローマ・デジタル&ソーシャルメディア最高責任者であるポール・ロジャーズ氏は振り返る。
ロジャーズ氏は雑誌記者などを経て、2015年1月にクラブ運営に参加。Webサイトのほか、FacebookやTwitterなどを統括している。氏が就任した当時のASローマはページビュー(PV)至上主義に陥ったり、メディアごとの特性を考慮せず、異なるメディアに同じコンテンツを配信したりするなど、複数の失敗を重ねていたという。
そうした状況を脱し、デジタル活用を軌道に載せるカギになったと同氏が語るのが、独自に作成した「デジタル活用10のルール」である。
ASローマが実践している「デジタル活用10のルール」
- 第1条●ファンを第一に考え、全ての意思決定を行わなければならない
- 第2条●ファンをエンパワーする新しい方法を創造する
- 第3条●全てのことを簡単に、ファンのコンテンツ消費を簡単にする
- 第4条●できるだけビジュアルなやり方でストーリーを語る
- 第5条●私たちのコンテンツをファンに見つけてもらえるようにする
- 第6条●私たちのフィードにファン、パートナー、メディアも加わってもらう
- 第7条●ファンがシェアしたいと思うコンテンツを制作する
- 第8条●成果はフォロワー数ではなく、エンゲージメントで測定する
- 第9条●ファンが探しているものが見つかるよう手助けをする
- 第10条●常に真面目でいる必要はない。楽しいものや考えさせるものを提供してもいい
この10のルールを厳守することで、ASローマはファンを最優先するデジタル活用に方向転換できたという。「デジタル活用がうまくいっていない時代は、ファンがチームに何をしてくれるかばかりを考えていたが、それは誤った戦略だ。ファンはチームが自分に何を提供してくれるかを考えている。その期待に応え、デジタルを駆使してファンに近づくこことが良い結果を生む」。そうバルソン氏は語る。
こうしてつかんだデジタル活用における最大の成功例が、かのフランチェスコ・トッティの引退セレモニーだ。
トッティ引退動画が7300万ビューを獲得
トッティは17年7月、25年間にわたって活躍したASローマからの引退セレモニーを本拠地スタジオ・オリンピコで開催した。チームは長きに渡りクラブの精神的支柱であったトッティに敬意を示そうと、さまざまな企画を打ち出した。その白眉と言えるのが、特別に制作した動画コンテンツである。
トッティ引退セレモニーに合わせて合計6日間、さまざまな動画をFacebookに投稿し、合計で7300万ものビューを獲得した。特にFacebook Liveを使ったスタジアム中継は、その年、ASローマ関連で最も多い閲覧数をたたき出した。
こうした成功と挫折とを重ねつつ、バルソン氏が今、胸に刻んでいるのは、多くの人たちがWebサイトに来る目的はチケット購入であり、コンテンツを見たり読んだりする手段がほかにあるならば、Webサイトをわざわざ訪れる人は少ないというファクトである。
熱心なファンに対しても、コンテンツを探してもらおうと期待するのではなく、ASローマから能動的にファンを探しにいくなど、ファンに歩み寄る姿勢が大切だと考えている。
ファンに刺さるコンテンツを刺さる場所に置くため、同氏が重視しているのがデータアナリティクスの積極活用である。
ファンが求めているコンテンツは、読み物というよりも、ビジュアルなものだという。必ずしもプロが編集・加工したものである必要はなく、場合によっては高校生にコンテンツを制作してもらうこともある。
「ベストなのは、ライブコンテンツだ」とバルソン氏は言う。ライブコンテンツにはシェアしたいと思わせる拡散力がある。トッティの引退動画はその典型例だ。
もう1つ、ASローマのソーシャルメディア戦略の特徴は、他クラブとは違ったユニークな施策を実施しようとしていること。バルソン氏は、「今の私たちのチームにメッシやクリスチャーノ・ロナウド(などのスーパースター)はいません。だからプロのサッカークラブとして他とは違った個性が求められるのです」。
Twitterの公式アカウントがユニークなのはその姿勢の現れであろう。例えば、英語版「@ASRomaEN」を見ると、真面目なコンテンツばかりではなく、楽しくユーモアのある動画がちりばめられている。
今、得られているファンからのサポートは当然のものではない。そして「ファン中心」の施策を実行することは容易なことではない。ファンとの間の距離をもっと縮めるために何が必要か。ASローマのデジタルルールはそれを考えるヒントになる。
(写真/Shutterstock)