日本は産業データで起死回生を狙う

 翻って日本はどうか。ITでは米国の軍門に屈した感が強い日本だが、IoTの時代になれば、「T(Things)」の強みを生かして覇権を握れるかもしれない。そう考える人は多い。だが、「I(Internet)」の世界の“制空権”を握られているなかで、「T」の強みだけで本当にやっていけるかどうかは、はなはだ心許ない。そもそも日本には、GAFAのようなビッグデータの覇者がいない。ビッグデータを元手に稼ぐノウハウを持った企業は少なく、解析に必要なAIの分野でも、完全に出遅れている。

 このような状況のなかで、日本はどのような戦略を採ろうとしているのか。政府は、GAFAに押さえられてしまっている個人データの世界ではなく、GAFAが十分にアクセスできていない産業データの世界に勝機を見いだそうとしている。そこで、それぞれの企業や系列内に閉じていた産業データを共有・利活用できるようにし、産業分野のプラットフォーマーを育てようという戦略・政策を打ち出している。確かに産業データならば、コマツやファナックのように、プラットフォーマーと呼ぶべきポジションを確立できている企業も存在する。そういう意味でも、産業データに着目した政府の戦略は正しい。

 モビリティ(移動)の分野でも、個人のデータはグーグルの経路検索やSNSのチェックイン機能、位置情報連動機能により、かなりトラッキングされている。だが、さすがのグーグルも、実際にユーザーがどの交通手段を使って移動しているかまでは正確にはつかめていないし、クルマの操作や挙動に関するデータも取得できていない。それは、交通事業者なり自動車会社なりが保有する産業データである。個人データはともあれ、産業データはGAFAら巨大プラットフォーマーから守ることができている。

 マイカーを使った配車サービスを本格的に解禁していない日本は、米ウーバーテクノロジーズや中国・滴滴出行(ディディチューシン)のようなモビリティサービスのプラットフォーマーの支配からも免れている。モビリティ分野は鎖国状態に等しく、モビリティサービスの実現も、その結果として収集される移動にまつわるデータも、まだほぼ手つかずの状態だ。モビリティ革命の旋風が吹き荒れるなかで、日本市場は移動ビッグデータの「未開のフロンティア」となっている。

MaaSを構成するプレーヤーのイメージ 出典:『MaaS モビリティ革命の先にある全産業のゲームチェンジ』(日経BP社)
MaaSを構成するプレーヤーのイメージ 出典:『MaaS モビリティ革命の先にある全産業のゲームチェンジ』(日経BP社)

 この「未開のフロンティア」が誘因となってMaaSのうねりが生まれている。というのも、さまざまな交通サービスを一つのサービスパッケージに統合する役割を担う「MaaSオペレーター」になれば、移動ビッグデータを入り口から押さえることができるからだ。ユーザーに寄り添い、ユーザーの移動のニーズに応えるMaaSオペレーターは、モビリティのプラットフォーマー的存在になれる。コネクテッドカーや自動運転など「100年に一度」の技術革新の波が訪れているモビリティ分野においてプラットフォーマーのポジションを取ることができれば、将来にわたって成長の果実を享受することが期待できる。

 日本にとっての理想は、T(Things)の象徴的な存在である自動車産業を擁する強みを生かし、モノづくりとセットになったMaaSのエコシステムを構築することだ。すなわち、モノづくり、サービス、そしてデータの利活用を一気通貫にした、日本版MaaSのエコシステムを構築するのである。自動車産業を基幹産業とする日本がそこで失敗すれば、モノづくりの強みを発揮できなくなる可能性が高い。だからこそ日本版MaaSを実現し、ユーザーとの接点となるMaaSオペレーターのポジションを是が非でも日本企業が担う必要がある。MaaSは国家としての産業政策上、極めて重要なのである。