2019年に向けた注目のビジネスキーワードとして急浮上している「MaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)」。自動車メーカーや公共交通を巻き込む「100年に一度」のモビリティ革命は、実は少子高齢化に苦しむ地方の経済に大きな恩恵をもたらすものだ。このほど上梓された書籍、『MaaS モビリティ革命の先にある全産業のゲームチェンジ』の著者の一人である、日本総合研究所創発戦略センターの井上岳一シニアマネジャーが解説する。

マイカー社会である地方をMaaSはどう変えるのか(写真はイメージ。Shutterstock)
マイカー社会である地方をMaaSはどう変えるのか(写真はイメージ。Shutterstock)

 特集第1回「マイカー半減の衝撃… 次世代交通『MaaS』で世の中こう変わる」で紹介したように、MaaSとは、マイカーという魅力的な移動手段と同等か、それ以上に魅力的なモビリティサービスを提供し、持続可能な社会を構築していこうという全く新しい価値観やライフスタイルを創出していく概念。今、日本でMaaSが注目されている理由の一つは、地方の経済と社会に大きなインパクトを与える期待があるからだ。とりわけ、「①高齢者や若者の外出の促進」「②地域内の資金循環」「③観光の下支え」の3点がポイントで、実はMaaSは地方創生の切り札になり得るものである。

MaaSはマイカーを代替することで外出を促す

 まず、外出の促進について解説しよう。Auto-mobile(自動車)は、Self + Movableつまり、「自分自身で動けること」を意味する。日本人はクルマを手に入れたことによって移動の自由を手に入れた。多くの人がマイカーを求め、自動車産業が経済をけん引することで日本経済は成長し、人々は豊かな暮らしを手に入れた。マイカーが戦後日本の発展を支えたと言っても過言ではない。

 しかし、マイカーによる移動の自由は、多くの弊害も生んだ。地方の経済・社会に対する影響という意味では、中心市街地の衰退と公共交通の撤退・縮小が大きかった。駐車場を備えたロードサイドの店ばかりがはやり、歩いて行ける距離にはコンビニがあればいいほう。大都市とその周辺を除き、マイカーがなければ生活できない場所が広がっている。

 それでもマイカーを運転できる間は良かった。しかし、高齢化の進行で事情は変わった。75歳を過ぎると免許返納者が増えるが、団塊の世代が後期高齢者になる今後は、運転を諦める高齢者が急増する。農林水産省は、スーパーやコンビニが自宅から遠いうえにクルマを使えず、食品購入に苦労する65歳以上の人が、15年時点でも824万6000人に上るとの推計値を発表している。10年前に比べ21.6%増である。今後、「買い物難民」が増えることは確実だ。

 買い物の問題だけならネット通販などを活用することで何とかなる。だが、高齢者の場合、外出しないこと自体がさまざまな問題を生む。男性の場合は低栄養状態に陥りやすく、男女共にうつ病と認知症になるリスクが高まることが確認されている。つまり、外出しない高齢者の増加は、心身を損なう高齢者を増やし、医療費や介護費を増加させるのである。

 マイカーと同等以上の移動の自由をもたらしてくれるMaaSが地方や郊外で実現できれば、この状況を打開できるはずだ。マイカーがなくともMaaSがあれば、移動困難なエリアでも外出に困ることはない。高齢、障がい、傷病などで運転ができない人にとっても、それは福音となる。外出が促進され、人の往来が増えれば、商業施設は潤い、人の出会いやつながりの機会も多くなる。それがまた人の外出を促すという好循環が生まれ、街ににぎわいが戻る。

MaaSは地域内のお金の循環を促す

 米ウーバーテクノロジーズに代表される配車サービスやカーシェアリング、自転車シェアリングなどのような新しいモビリティサービスと公共交通の組み合わせで、マイカーと同等以上の移動の自由と利便性を提供するのがMaaSである。前回紹介したようにヘルシンキの経験では、MaaSの導入はマイカーの利用を半減させ、公共交通やそれ以外の交通サービスの利用を増やす作用がある。このマイカーから公共交通を含むモビリティサービスへのシフトは、少なからぬ経済効果を地域にもたらす。マイカーをやめ、サービスに移行することで、地域にお金が巡るようになるのだ。

ウーバーは自転車やスクーター、公共機関などを組み合わせたドア・ツー・ドアサービスを志向している(写真:Shutterstock)
ウーバーは自転車やスクーター、公共機関などを組み合わせたドア・ツー・ドアサービスを志向している(写真:Shutterstock)

 それは、なぜか。ほとんどの地域にとってマイカーは地域外から“輸入”するもので、ガソリンも“輸入品”だからだ。つまり、マイカーの所有・利用には“外貨”を必要とする。マイカーを運転すればするほど資金は地域外に流出していくのである。むろん、自動車ディーラーやガソリンスタンド、整備工場などは潤うし、自治体にも軽自動車税などの税収が入るが、クルマの付加価値の源泉は車体自体にあるから、その経済効果は限定的である。クルマの製造を手掛ける地域でない限り、マイカーがもたらす富はそう多くはない。

 それに対し、MaaSに使われるお金は地域内を巡る。公共交通にせよ配車サービスにせよ、そのオペレーションを担うのが地域の会社なら、大半のお金は地域の中で回り続ける。自動車ディーラーの売り上げは減り、軽自動車税・自動車税がもたらす自治体の税収も減るかもしれない。しかし、右肩下がりだった公共交通事業者の売り上げはV字回復し、配車サービス提供会社や、そこでドライバーとして働く者は潤う。すなわち、MaaSによる所有から利用へのシフトは、資金の域外流出を減らし、地域の中でお金を循環させるように働くのだ。

 自動車産業も他の産業と同じく、川中の製造より、川上の部品・素材や川下のサービスの生み出す付加価値のほうが大きくなることが予想されている。であるならば、付加価値の源泉であるモビリティサービス領域を地域の中に取り込んでいくことが、地域を豊かにするための戦略となる。

 ドイツやオーストリアでは、シュタットベルケと呼ばれる公営企業が、エネルギーの発電・小売事業と公共交通の運営を手掛けていることが多い。エネルギーサービスとモビリティサービスの両方を地域が担うことで、資金の域外流出を最小限に抑えているのだ。ドイツやオーストリアで、人口20万人以下の小都市が元気な理由は、このエネルギーとモビリティの自治にある。

 MaaSは、極度のマイカー依存社会から脱却することを通じて、モビリティの自治を実現する。これこそが、地域内の富を増やし、豊かな地域を創るのである。

MaaSは観光立国に必須の要素となる

東日本旅客鉄道(JR東日本)、ジェイアール東日本企画、東京急行電鉄は、19年春に静岡県・伊豆エリアで「観光型MaaS」の実証実験を計画している(参考記事「<a href="/atcl/contents/watch/00013/00120/" target="_blank">観光型MaaS 東急×JR東日本×楽天のタッグで実証実験へ</a>」)
東日本旅客鉄道(JR東日本)、ジェイアール東日本企画、東京急行電鉄は、19年春に静岡県・伊豆エリアで「観光型MaaS」の実証実験を計画している(参考記事「観光型MaaS 東急×JR東日本×楽天のタッグで実証実験へ」)

 製造業が以前のように雇用を生まなくなった今、地域にとって期待が持てる成長産業は観光しかない。これといった観光資源がないエリアでは、観光振興は見果てぬ夢と思うかもしれない。しかし、観光庁が実施している「訪日外国人消費動向調査」からは、違う現実が見えてくる。外国人は、必ずしも名所旧跡などの、いわゆる観光地を求めているわけではない。

 観光庁が発表した「訪日外国人消費動向調査(2017)」の中で、「今回したことと次回したいこと」という項目を見ると、「日本食を食べること」は「今回したこと」としてほぼ100%の外国人が挙げているが、「次回したいこと」になるとおよそ半数になる。つまり、日本食を食べることは、一度体験すれば十分と考える人が多いのである。「日本の酒を飲むこと」「繁華街の街歩き」「ショッピング」「自然・景勝地観光」も同じ傾向だ。

 逆に「今回したこと」より「次回したいこと」のほうが大幅に増えているものは、「スキー・スノーボード」「自然体験ツアー・農山漁村体験」「四季の体感」「映画・アニメ縁の地を探訪」「舞台鑑賞」「その他スポーツ」などである。一通りの日本観光を体験した外国人は、次はより日常的なもの、日本の原風景につながる根源的な体験を求めていることが分かる。

出典:観光庁「訪日外国人消費動向調査(2017)」
出典:観光庁「訪日外国人消費動向調査(2017)」

 すなわち訪日外国人のリピーターを増やすには、日本人が日常的に楽しんでいることや日本の原風景たる農山漁村にうまく人を呼び込むことが必要になる、ということだ。事実、ドイツ、イタリア、英国など、日本と同規模以下の国土で、これから日本が目指す4000万人規模の外国人観光客を呼べている国は、農山漁村でのんびりと滞在するグリーンツーリズムやルーラルツーリズムが盛ん。都市や名所旧跡を巡るのとはまた別の過ごし方があることが、リピーターの獲得につながっている。

 その時にネックになるのが、交通である。同じく観光庁の「訪日外国人旅行者の国内における受入環境整備に関するアンケート(2017)」によれば、「滞在中に困ったこと」として、2割程度が「公共交通の利用」を挙げている。交通手段ごとに見ると、「新幹線以外の鉄道」「バス」については、「乗車方法が分かりにくい」という指摘が多く、「タクシー」については「価格が高い」という不満が突出している。東京から富士山を巡り、京都、大阪に至る日本観光のゴールデンルートに旅行客が集中している現状においても、この結果である。今後、もっと多様な日本を体験してもらおうと思えば、交通に対する不満が高まることは必至だろう。

 交通手段を増やすと共に、路線検索から決済までをスマホアプリによってワンストップでできるようにするMaaSは、今以上に外国人を受け入れるための必須のインフラとなるだろう。地方においてはマイカーを使った配車サービスを本格的に解禁するなどして交通手段を増やすことが前提になるが、交通をスマートに使いこなせるようにするMaaSは、観光立国を実現するために不可欠な要素となるのである。

 以上見てきたように、MaaSは、外出促進を通じて地域を潤し、域外への資金流出を減らして地域に富をとどめ、観光客を呼び込むことを通じて外貨の獲得に貢献する。MaaSが地方創生の切り札として期待できるゆえんである。

 特集の最終回となる次回は、「国家戦略としてのMaaS」について、考えていきたい。

『MaaS モビリティ革命の先にある全産業のゲームチェンジ』(日経BP社)
MaaSは「地方創生」の切り札 課題大国ニッポンを救う(画像)
2030年、世界で100兆円以上に達すると予測されるモビリティサービスの超有望市場「MaaS(Mobility as a Service、マース)」。自動車メーカーだけではなく、鉄道やバス、タクシーといった公共交通、シェアリングビジネス、配車サービスをも巻き込む「『100年に一度』のゲームチェンジ」で生き残る秘策とは――。
交通サービス分野のパラダイムシフトにとどまらず、MaaSで実現する近未来のまちづくり、エネルギー業界から不動産・住宅、保険、観光、小売り・コンビニまで、MaaSの「先」にある全産業のビジネス変革を読み解く、日本で初めての本格的なMaaS解説書!

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