パルコでグループICT戦略室を担当する林直孝氏。林氏とクロサカタツヤが「個人起点のデータビジネスの商機」を探る対談の前編では、「テクノロジーを使って接客を拡張する」というパルコのコンセプトがスタートした2013年から、パルコ流オムニチャネル「24時間PARCO」を実現する歩みを振り返る。

林直孝(はやし・なおたか)氏
パルコ 執行役 グループICT戦略室担当。1991年に新卒でパルコに入社。全国各地の店舗や関連会社でのEC事業担当などを経て、2017年より現職。CDO(チーフ・デジタル・オフィサー)としてグループ全体のオムニチャネル化と、ICTを活用したビジネス改革を推進している

クロサカ:2019年秋に渋谷PARCOが再オープンします。それにあたって、どんなテクノロジーを導入されるのか、また、技術導入にはどんなお考えがあるのでしょうか。

林:渋谷PARCOに限らず、パルコがテクノロジーをどう捉え、使っていこうとしているのか、お話ししましょう。例えば私たちが、店舗に多数のカメラを導入してお客さまを分析しているのは、「テクノロジーを使って接客を拡張する」というコンセプトに基づいています。

 そのスタートは13年に遡ります。当時、小売業の中では「オムニチャネル」という言葉がクローズアップされていました。ただし、「お客さまが買い物する場所は店舗という実世界のチャネルだけではなくeコマースというWeb上にも展開されていて、いつでもどこでも購入できる状態にする」という、かなり限定された意味合いで使われていたと思います。

 一方で、「ショッピングセンター」という我々の業態は、自社で商品そのものを持たない、小売業と不動産業のハイブリッドです。実際に商品をお持ちなのは出店されている全国約3000のテナントで、我々はその販売をサポートする役割。すなわち、従来の「店舗」というチャネルで、出店いただくテナントに、サービスを提供しやすい、安全・安心・快適な空間を提供するというプラットフォームビジネスなわけです。

オムニチャネルとは24時間PARCO

 店舗では、接客をされるスタッフが大勢、働いていらっしゃる。その方々が接客するうえで便利なサービスを、プラットフォーム上でアプリケーションのように提供していくのが我々の役割です。お客さまへの商品やサービスの提供は、必ずテナントスタッフを介在して行われるわけです。

 つまり、我々がオムニチャネルを実現するのであれば、テナントスタッフの接客を真ん中に置いて、店頭とWeb上で接客できるプラットフォームを作る必要があるという定義をしたんですね。

「24時間PARCO」のコンセプトイメージ(提供:パルコ)
「24時間PARCO」のコンセプトイメージ(提供:パルコ)

 で、当時、オムニチャネルという言葉をテナントの皆さんに共有するときに、「オムニチャネルプラットフォームです」と言っても何のことだか分からないじゃないですか。なので、「いつでもどこでも、『24時間PARCO』というコンセプトです」と伝えていったのがスタートです。

GAFA同様の「両面市場」を実現

クロサカ:6年前の13年の日本でそこに気付いていた方は、あまりいないのではないでしょうか。というのは、「24時間PARCO」のコンセプトイメージを拝見して思ったのですが、最近でいえばGAFA(Google,Apple,Facebook,Amazon)のような、デジタルの世界のプラットフォーム事業者たちの基本的なビジネスモデルの構造である「両面市場」と極めて似ています。片方ではサービスプロバイダーを抱え、もう片方ではエンドユーザーを抱えて、この2つの結節点を握れた者がプラットフォームの勝者になり、そのための競争をしているのだということが経済学的に分析されています。

 最近ようやくスコット・ギャロウェイの『the four』のような解説書が出て、プラットフォームの構造について一般の関心が高まるようになりましたが、林さんはそれに6年前に気付かれていた。何かきっかけがあったのでしょうか。

林:12年ごろ、いくつかの店舗で「ショップブログ」という、テナントのスタッフが自由に情報発信できるプラットフォームを提供していました。ブログを見て商品を買いに来られるお客さまや、スタッフと交流して欲しいものがあれば「あなたから買いたいから」と現金書留で注文してくださる地方のお客さまが出てきていました。

 そういうことがあったので、「テナントからどんどん情報発信するプラットフォームを我々が用意して、テナントと一緒に作っていけば、ブログでの接客が成立して、結果としてテナントの売り上げが増えてお客さまもうれしい」という構図が作れるという仮説は持っていたんです。

クロサカ:実際にWebでコミュニケーションを始めたら、単なる会話ではなく来店や購入といったアクション、さらにはスタッフ個人に対する好意といったエモーションにまでつながったという体験が既にあったわけですね。

全国のPARCO店舗がSNSを4アカウント運用

林:そうです。また、12年には、既にお客さまにはスマートフォンが普及していて、しかもどんどん伸びていくことが予想できました。なので、店頭というリアルのプラットフォームだけでなく、スマホの中に最初のきっかけを作ろうと考えました。それで、13年に自社メディアとして全国のPARCO店舗のWebサイトに、各テナントがブログによる情報発信ができる仕組みを導入。また、店舗ごとにTwitter、Facebook、LINE、Google+の4つのSNSアカウントの運用を開始しました。その後、Instagramの運用も開始しております。

クロサカ:パルコとしてSNSを運用するのではなく、全国のPARCO店舗それぞれが4アカウントの運用ですか。それはすごい。

林:Webでのお客さまとの接点を考えたときに、パルコのホームページだけではなく、お客さまが使っていらっしゃるSNSの中に接点を持つべきだということでやりました。

クロサカ:いきなり「パルコです」とメディアを打ち立ててもアクセスする人はそれほどいない、ということをスタート時に見極めていらっしゃったのは慧眼(けいがん)です。オムニチャネルは日本全体で見ると死屍(しし)累々ですが、それは多くの方がそこを間違えたからだと思っています。

 Webサイトを立ち上げただけでは、消費者には見に行く理由がない。それぞれのお店、さらにその先にいるスタッフに会いたいのだから、そのインターフェースを顧客の近くに作るというのは、シンプルかつ重要なアプローチだと思います。

ブログを見て買う人がいたから誕生した「カエルパルコ」

林:店舗のWebサイトをブログ主体に切り替えて、次に行ったのが(ECサイトの)「カエルパルコ(現:PARCO ONLINE STORE)」です。切り替え後の13年10月に調査したところ、当初の仮説通り、ブログが来店のきっかけになることや、電話での問い合わせや取り置き、通販の依頼が増えていました。ということは、「ブログで見たときに注文できる」機能が足りていないということがその時点で分かったんですね。なので、ブログにシンプルにカートボタンが付いていれば、そのまま買いたい人は注文できる。買う前に実物を見たり試着したりしたいお客さまは、店頭で取り置きもできるというプラットフォームに進化させました。それが14年です。

 その次がパルコの公式スマホアプリ「POCKET PARCO」です。14年11月の福岡PARCO新館オープンに合わせてリリース、テストマーケティングとして福岡PARCOだけで、アプリのさまざまな機能や特典を使えるようにしました。

 その結果、アプリのユーザーには「アプリでブログをチェックして、店舗に来店(チェックイン)して、買い物をする」という動線ができ、アプリのユーザーと非ユーザーではLTV(Life Time Value=顧客生涯価値)の差が大きく開いてきたことが、わずか2カ月で明確になりました。これはすごく効果があるということで、15年3月には全国のPARCOで同じ機能の展開を始めました。

「記事クリップで売り上げが増える」ことを数字で検証

林:アプリには、「クリップ」と「チェックイン」という機能があります。「クリップ」は、ブログを閲覧して気に入った記事を後で見返しやすいようにボタン1つで登録する機能。チェックインは、お客さまが店舗でアプリを開くと、GPS(全地球測位システム)の位置情報で来店したことが記録される機能です。これで、ブログを見てから来店するまでの流れが1つのIDでつながって見えて、その人が買い物しているかどうかも分かるようになりました。

 その半年後の15年9月には、サービス満足度評価機能を付けました。買い物をした翌日に、お店を5段階で評価していただくことと、お客さまにポイントをお付けするというものです。買い物の評価と、それが再来店につながっているのかが見えるようになりました。来店前・来店中・来店後がつながって、どう購買コンバージョンに影響するのか分析できるようになってきたんですね。

アプリを軸にしたユーザーの行動分析(提供:パルコ)
アプリを軸にしたユーザーの行動分析(提供:パルコ)

クロサカ:実際にそれでどんなことが分かったんですか。

林:例えば、ある記事をクリップされたお客さまは、その記事を投稿したショップで買い物されるので、1つの記事が多くクリップされるほどお客さまが増えるし、お客さまの来店周期も早まるということが分かってきました。

 クリップをたくさんしてもらうためには、テナントに努力してもらわなくてはいけない。例えば写真に気を使っていただくとか、タイトルも工夫していただくとかです。そのために、たくさんクリップされている記事をヒントにして努力してもらいたいし、我々はそれをプラットフォーマーとして促していきたい。

 そのために16年の春からは、アプリにAI(人工知能)によるレコメンド機能を付けました。1日に数百件投稿されるブログ記事の中から、お客さまごとに気に入りそうな記事を優先順位を付けて表示するために、機械学習の仕組みを入れたんです。

 どのブランドの記事をよくクリップして、どのブランドで実際に買い物されるかの相関関係を基に機械学習で出し分けをしました。その結果、AI導入前の3カ月と導入後の3カ月を比較すると、記事のクリップ数が2割近く増えて、クリップ後の店舗での購買額も2割近く増えるという相関がはっきりと見えました。

AIレコメンド機能の導入前後での変化(提供:パルコ)
AIレコメンド機能の導入前後での変化(提供:パルコ)

 例えば、アプリユーザーの中でも、ある週に記事をクリップしたお客さまの翌週の来店確率は、クリップしていないお客さまよりも35%アップするとか、買い物した後に5段階評価をしていただいたお客さまは、そうでないお客さまに比べると翌週に買い物していただける確率が11%アップするといったことが分かっています。

クロサカ:そこまで結果が数字ではっきり出せるのはすごいですね。

林:12年に「Webの閲覧・来店・購買の動線には、しっかりとした相関がある」という仮説を立てて、検証して、さらにアプリ化することでブログ記事のクリップ件数、来店、買い上げ件数が分かるようになって、その効果を高めるためにAIを入れた。その順番でやってきて、ここまで結果が出せました。

 でも、ハタと気付いたのが、「お客さまが来店してから退館されるまで」の行動は、まだ理解が難しかったんですよ。

クロサカ:お客さまがPARCOに来館するまでは、少しずつ見えるようになった。でもそれによって、店舗での滞在中、つまり店内での様子が見えていないことに気付かれた、ということですね。

林:そうなんです。なので、店舗内でお客さまがどんな行動を取られているのかを理解するために、次はIoTを使おうということになった。その1つがカメラだったり、店舗内Wi-Fiのご利用履歴だったりと試行錯誤しながらやっています。

パルコ林直孝氏(右)と著者のクロサカタツヤ
パルコ林直孝氏(右)と著者のクロサカタツヤ