飛騨の地域通貨「さるぼぼコイン」は、国内外から注目される電子通貨だ。発行する飛騨信用組合常勤理事総務部長の古里圭史氏と著者のクロサカタツヤが「個人起点のデータビジネスの商機」を探る対談の前編では、飛騨信金がいち早く、中国のQRコード決済「アリペイ」と加盟店契約した経緯が明かされた。

古里圭史(ふるさと・けいし) 氏
飛騨信用組合 常勤理事 総務部長。公認会計士・税理士。岐阜県飛騨市出身。東京の大学卒業後、ゲーム会社や監査法人を経て、2012年にUターンし飛騨信用組合に入社

クロサカ:「さるぼぼコイン」とは、どのようなものなんでしょうか。

古里:さるぼぼコインというのは、スマートフォンを使った静的QRコード決済の仕組みです。コイン自体は飛騨信用組合(以下ひだしん)が発行する、日本円と等価の「電子通貨」であって、「仮想通貨」ではありません。

 使えるのはひだしんの営業エリア、いわゆる「飛騨」と呼ばれる地域全体、具体的には岐阜県高山市、飛騨市、白川村の2市1村です。まずはここで流通させようということでやっています。

 山に囲まれて隔絶された地域なので、住民も「外と中」ということを強く意識されている方が多いです。なので、地域の事業者の方はなるべく地元でお金を回そうという意識が強いですし、地産地消に積極的に取り組まれている方も多い。そこで、大義的には「地域の金融機関としてお金の地産地消に取り組もうという」ということで、さるぼぼコインはスタートしています。

クロサカ:「さるぼぼ」って、飛騨・高山地域に昔からある猿の赤ちゃんを模した赤い人形のことですよね。地域の電子通貨の名称に採用するということは、エリア全体で地域のアイコンとして認知されているわけですね。

古里:はい、その通りです。2017年12月4日にリリースして、1年と少したちました。1周年を迎えてほっとする半面、ものすごく多くの課題が見つかりました。方向転換もたくさんしています。地域通貨ってやっぱり大変なんだなぁというのを改めて今認識しています。

利益の半分が吹っ飛ぶ見立てが契機

クロサカ:その大変なことに、信用組合が自らリスクを取って、事業として取り組まれているのはなぜでしょうか。

古里:大前提として、私たち信用組合は地域と一蓮托生(いちれんたくしょう)の組織であって、銀行とは違うというところに重きを置いています。それを意識して、3年前に中期経営計画を考えていた時に、2つの課題が見えてきました。

 1つは組合自体の経営課題。ちょうどマイナス金利が導入されたタイミングで、この先5年間の経営計画の数字を作ったら、利益の半分が吹っ飛ぶ見立てになった。2市1村、11万人の商圏から逃げられない金融機関としては、新しい分野に進出しなくては生きていけない。時を同じくしてフィンテックが新聞にも出てきた頃で、ネットバンクやコンビニ系の銀行に伍して戦うには、ITを駆使して利便性の高い金融サービスに取り組んでいかなくてはいけない。

 もう1つは、地域の課題です。地域の金融機関として、経済を活性化させていかなくてはいけない。年間450万人を超える観光客が来るので、その外資をいかに多く取り入れるか。取り入れた外資を、地域の中で歩留まり高くどう回していくか。この両面からアプローチを考えました。

 観光客を対象にしたアンケートを見ると、不満点として「クレジットカードが使えない」「電子決済ができない」が上位にあります。これは完全に機会損失で、売り上げを地域が取り込めていない。ここにアプローチできれば、純増で売り上げが増えます。

 一方で、「歩留まり高く回す」ためには、「お金を地域の中で回す」べきという意識が、事業者にはあっても消費者にはないことです。地元のスーパーより他の地域から仕入れている、外部資本の大きくてきれいなスーパーで買い物をして、お金が外に出ていってしまう。

クロサカ:域内でお金を回す施策として、ITを利用した利便性の高い仕組みが、さるぼぼコインというわけですね。

古里:そうです。さるぼぼコインの前身は、地元事業者のお店で利用できる「さるぼぼ割引券」という紙の割引券のようなものでした。そもそも、プロジェクトのきっかけはシンプルで「この紙の割引券を電子化できないか」だったんです。

 私は、今の経営企画部に来る前、融資部の企業支援課にいました。地域の企業を支援する立場として、割引券は良い取り組みだと思っていたので、割引券をもらった人が組合員の方のお店に1回行ってみて、そのあとリピートしたのかどうか、顧客として定着したのかを、知りたいと思ったんですね。経営企画部に聞いてみたら「紙で数えて処理しているのに、そんなこと分かるわけない」と言われ、確かにその通りだと思いました。

 でも、企業支援をするのに、決算書だけを見てコストカットのことだけアドバイスするような今までのやり方は、もうやめたかった。それよりも、売り上げを伸ばすためにどうしよう、のような話を事業者さんとしたかった。だから、割引券を電子化したいとずっと思っていました。そのうち、自分が経営企画部の部長になったんですが、もう紙の管理が半端なく大変。だから、電子化するのは流れとして必然でした。

利用者のコアゾーンは全くの想定外

クロサカ:1年間やってこられて、うまくいっていると思うことと、あとやっぱり難しいなっていうことを教えて下さい。

古里:まず、実績として、加盟店は18年11月末時点で824店舗、契約済みで準備中の店舗まで入れると866店舗。2市1村の域内事業所数ベースで、鉱工業を除くと、18~19%のシェアです。高山市内であれば結構どこでも使えるという感じにまでなってきています。累計取引金額は4.6億円で、それほど大きくはないですが、域内の経済流通3~4%ぐらいを担っています。

 一番苦労しているのが、ユーザー獲得です。1年目の目標を1万人と掲げていたのですが、18年11月末時点で約5700人と、半分ぐらいの実績です。地域の人口が11万人強ですから、子どもとお年寄りを除いた、活発に経済活動をしている人たちを母数に取ると、まだ6~7%ぐらいの数字です。

筆者(右)と古里圭史氏
筆者(右)と古里圭史氏

クロサカ:事前の予想通りだったところ、または違ったところはありましたか。

古里:今まで我々に見えなかったトランザクションのデータをちょっとした切り口で見るだけでも、面白い知見が得られています。例えば、当初想定していた利用者のコアゾーンは30代から40代ですが、実際には50代、60代の女性が決済件数と金額ともに一番大きなコアゾーンだったんですね。年配の方はあまり使わないと予想していたので、これは驚きました。

クロサカ:その原因は分析されましたか。

古里:1つは、やはりプレミアムです。さるぼぼコインをチャージすると1%のプレミアムが付くのですが、それをお店で使うと、さらにお店独自のポイントも付いて、二重にお得です。そうしたことに主婦層は非常に敏感で、「現金よりも、さるぼぼコインで1%もらったほうが絶対いい」と、皆さんどんどんポイントを使われています。

 加えて、大手の決済サービスは違って、日常の買い回りのお店で使えることが大きいと思います。従来は地元のお店でクレジットカードがほとんど使えず、皆さん現金で買い物しておられた。でも、さるぼぼコインは近所のおじいちゃん、おばあちゃんがやっている商店でも導入していただいているので、この経済圏でポイントも付くこともあって、利用していただいている。

クロサカ:なるほど。今の2つのお話から想像すると、おそらく「ゲーム感覚」がカギになっているのではないでしょうか。

 よく言われることですが、ポイントエコノミーには経済合理性がありません。それでも利用されているのは、「1%のおトクを得るゲーム」になっているから。加えて、さるぼぼコインの場合、ご近所でできる点が大きい。「ポケモンGO」ならぬ、「さるぼぼGO」みたいな感じです。

古里:そうなんです。経済合理性はある意味で理屈であって、むしろ「楽しい」という要素が動機の肝になるんだと感じて思い始めたんです。ポイントの多寡だけでいえば、使える場所が違うにせよ、大手の3%付くようなサービスを使うだろうと思っていたのですが、意外にさるぼぼコインを使っていただける。

 ユーザーから、使う体験自体がちょっと楽しいと言われたこともあり、次のフェーズではゲーミフィケーションの要素をもっと入れていこうと考えています。

地産地消にはAmazon Goより静的QRが向く

古里:消費動向が変わってきている手応えも感じています。「今までは域外のスーパーへ行っていたけど、さるぼぼコインが使えるから地元のスーパーで買おう」という人が実際にいる。その人たちは本質的に地域の中でお金を回すことを大事だと考えているわけではないですが、ともかく地域に誘導できている手応えとしてあります。

 それに1年間やってきたことで、静的QRを使った決済体験がしっかり地域の中に浸透している。そういう地域って、日本では珍しいと思います。

クロサカ:FeliCaに比べると、特に静的QRは、決済手段としてひと手間かかります。でも、そのひと手間をむしろ面白さや愛着に読み替えられるというお話を以前うかがった時に、コロンブスの卵のような感覚でした。

 決済手続きがあまり簡単過ぎると、「買い物している」という感覚が薄れていく。その究極がAmazon Goです。「Amazonでポチる」とよく言いますが、Amazon Goは「ポチ」さえしない。それはそれで買い物の効率化を図る機能としては面白い。

 一方で、地元の人と密に顔を合わせながら地産地消をしていくときには、むしろ「もらう」「渡す」の関係が明示されていたほうがいいのかもしれません。

古里:地元の小中学校や高校からも、さるぼぼコインを教育に使いたいっていうお話が来ているんです。

 実証実験で使ったシステムを残してあるので、「バーチャルさるぼぼコイン」みたいなことがすぐにできます。そこで高校生に100万さるぼぼコインを渡して起業体験をしてもらったり、もっと小さい世代ならお店屋さんごっこでスマホ決済を体験してもらったりしたら面白いんじゃないかと考えています。

クロサカ:高校の文化祭に、さるぼぼコインを導入したらどうでしょう。高校生ならアルバイトもできる年齢だし、倫理観も大丈夫でしょうから。そういうステップがあって、最後は地域経済の枠組みの中に自然と入っていく体験ができると、とても面白いですよね。

古里:それは面白そうですね。

アリペイも注目したさるぼぼコインの広がり

古里:学校の話もそうですけど、さるぼぼコインを1年間やってきたことによって、地域の皆さんが「さるぼぼコインでこんなことができたら面白い」って言って下さるようになった。それが一番の成果じゃないかと思っているくらいです。

 住民の方だけでなく、行政も民間の事業者もですね。しかも、地域内だけではなく地域外の事業者からも「さるぼぼコインのプラットフォームを使って、こんなサービス展開させてもらえませんか」という問い合わせがすごく来る。

クロサカ:アリペイとの提携のきっかけも、向こうから来たんですか。

古里:そうです。先方が(中国の)観光客を送客したいということで、コンベンション協会に来られたんです。その時、地域を歩いていたらQRコードが掛かっているお店がたくさんあることに気づかれて、さるぼぼコインの話をしたら、アリペイと同じ仕組みということで、とても興味を持たれたんですね。

 急きょ、その日のうちに面談することになり、こちらからQRコードを一緒にして広げませんか、という話をしたらとても反応が良くて「中国と全く同じ決済体験が何百店舗もできる地域なら、送客する」という話になって意気投合し、2カ月ぐらいで契約したんですよ。アリペイのアクワイアラとしては日本で9番目ですが、預金預かりのある金融機関としては日本初なんです。

クロサカ:行政からは、さるぼぼコインについてどんなお話があるんですか。

古里:18年10月から、飛騨市では窓口手数料をさるぼぼコインで支払えるようになりました。19年4月からは市税を全部さるぼぼコインで払えるようになる予定です。さらにその先、助成金や補助金、生活保護のようなものもさるぼぼコインで出せないか、勉強会を始めたいと思っています。飛騨市が先行していますが、高山市でも準備が始まっています。

日本円に縛られるだけが人生じゃない

古里:地域外では、東京のイーネットワークシステムズという新電力事業者が、さるぼぼコインユーザー専用の料金プランを18年12月から提供していただいています。さるぼぼコインで電気料金を払うと、料金の9%分をコインでチャージバックするというものです。

クロサカ:なるほど。究極の地産地消ってエネルギーにまで行きますよね。

古里:飛騨地域に、地域エネルギー会社はまだないですが、興味を持っている事業者さんはいくつかあります。実は、高山市では7年ぐらい前から「自然エネルギー利用で日本一の市になろう」という目標を掲げていて、NPOが2016年から「enepo(エネポ)」という地域通貨を出しています。山林所有者が切った間伐材と引き換えに、enepoがもらえる。それが今もまだ流通していて、80店舗ぐらいで使えます。

 そのNPO設立時から、ひだしんも関わっていて、enepoの換金作業などを行っています。飛騨は、さるぼぼコインとenepo、2つの手触りのある地域通貨が流通している地域なんです。エネルギーと地域通貨は親和性が高いはずなので、うまくくっつけていけると面白いなと。

クロサカ:もし、実際のエネルギーが地産地消で流通するなら、その取引通貨が日本円である必要はないと思います。むしろ、価値交換の体系が多様な状態が自然で、日本円という法定通貨だけに縛られないのが本来の人間の姿なはず。

 だとしたら、複数の通貨を使い分けたり、その間をつないだりした方が、もっと融通が利くんじゃないでしょうか。それは、日本円にどっぷりに漬かっている人たちからすると、新たなリテラシーが必要になるかもしれない。だからこそ、普及に向けたいろいろな取り組みや、信用が必要になってくるでしょう。

古里:それでこそ「ふくよかな地域」ができるのかも、という思いはありますね。だから、すごく面白いし、可能性はあると思います。飛騨には、まだまだ何とかできる余地があると思っています。