情報銀行の認定基準作りに携わった崎村夏彦氏とクロサカタツヤが「個人起点のデータビジネスの商機」を探る対談の後編では、情報銀行の役割について議論を深めた。クロサカは「銀行」という言葉に引っかかりを持っていたが、崎村氏はその理由を銀行と融資先の企業の工場建設に例えて解説した。
クロサカ:そこで次の質問なのですが、パブリックインタレスト(公益)の観点からは、個人のプライバシーインパクトを評価した上でそれ以外のデータはもっと流通すべきなのでしょうか。
社会の効率を高めていくためには、個人を追いかけるデータではなく、社会全体を把握するためのデータはもっと流通してもいいのではないか。例えば、大手町に血圧が150を超えた状態が10分以上続いている人の人数が分かれば、この後救急車が呼ばれる可能性がどのくらい高まるかが見えて、用意すべき救急車の数が判断できるかもしれない。
現時点ではそういうデータがそもそも計測されていなくて圧倒的に足りないわけですが、仮にそれらが計測可能になってデータが大量に流通する時に、個人の利益に基づくプライバシー影響と公益は、明確に峻別されているべきです。ただ、どうしても混ざってきてしまうところもあると思うのですが、それは都度同意していくということなんですか。
公益観点でのデータ利用には同意があればいい
崎村:それは、個人のプリファレンスの問題ですよね。オプトインしていればいいんじゃないですか。
クロサカ:なるほど。例えば、公益目的であなたの血圧データをいただきます、こういう使い方をして、それ以外には使いませんと最初に宣言する。
崎村:そうです。「それがあなただということは絶対公表しません」という立場を当然だと考えると、分析する人はあなたの名前を知る必要はない。それであれば、オプトインで同意していればいい。
クロサカ:つまり、そこは現状と基本的には何も変わらないわけですね。もちろん現状でも、まだまだできていないわけですが。仮にコミュニティーのデータで、個人由来のデータも含むような状態が発生した場合、個人はそれに納得して同意しているのか(が問われる)。含まれないのであれば個人とは関係ない話である。この整理を明確にしていくべしと。これが、崎村さんの考えておられる、「個人起点」の前提だと理解すればいいですか。
崎村:そうです。
まず、個人の同意能力を疑ってかかるべき
崎村:ただ、その時「ちゃんと理解して同意ができるか」という点には別の問題があります。先ほど例に挙げた血圧データなんかは、情報を出す方も自分の状況を分かっているので、割と同意を取りやすい。同意が取りづらいのはもっと雑多なものです。
というのも、消費者は正しく同意ができないということは、既に明らかなんですよ。ロンドンで行われた有名な実験ですが、「アンケートに答えてくれたらチョコレートをあげます、答える前にこの同意書にサインしてください」と言われて、書面を渡される。その1行目には「あなたの長男を売り渡します」と書いてあるのに、多くの人が同意した。
それぐらい同意書の小さい文字を読ませることには意味がないと、みんなが分かっている。ですから、まず、個人の同意能力を疑ってかかるべきです。例えば大騒動になった英データ分析会社のケンブリッジ・アナリティカの場合ですが、あれは欺瞞(ぎまん)も甚だしい同意の下、データを目的外利用されたという詐欺行為です。米フェイスブックも被害者なのですが、一方でフェイスブックも会員が絶対に権利を持たないはずの友人のデータを提供することにまで、同意の下で提供できる仕組みにしていたのは重過失ではないか、という点は議論されるべきです。でも、いまだに同様のことをやっているサービスはたくさんあります。
クロサカ:そうですね。実は何も変わっていない。
崎村:だから同意にフォーカスすると、個人が自分で判断するのはもう無理。実際に、平均的な個人が同意しているサービスへの同意書を全部読むための時間を計算すると、最低賃金レベルで換算して年間3000ドルくらいかかってしまう。そんなコストを掛けるのは、絶対にあり得ないってみんな分かってるはず。それなら、パターナリズム(父権主義)と言われるかもしれないが、個人に成り代わって「それに同意していいのか?」を判断してくれるプロフェッショナルが、傍らにいるべきです。
クロサカ:産業側が情報銀行に、「個人のデータを何でも使えるようになる」っていう幻想を持っていますが、情報銀行が個人に対して「その情報提供、同意しない方がいいですよ」ってアドバイスする事態はほとんど想定しないんでしょうね。
崎村:でも、本来の情報信託機能とは、そういうもののはずです。
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