米ファスト・カンパニー

我々にワールド・ワイド・ウェブ(WWW)を与えてくれた米国のティム・バーナーズ・リー博士が「ソリッド」について語る。個人がオンラインデータを保管し、かつ選択的にシェアする私的な場所を、万人に与えるという野心的な計画だ。

コンベンションの場で熱弁を振るうティム・バーナーズ・リー氏(2012年撮影、出所/Shutterstock)
コンベンションの場で熱弁を振るうティム・バーナーズ・リー氏(2012年撮影、出所/Shutterstock)

 「Web3は全くウェブではない」――。

 2022年11月初めにポルトガル・リスボンで開かれた巨大会議「ウェブ・サミット」で、あるゲストスピーカーが「Web3」をあっさり切り捨てた。Web3は、オンラインデータの所有権を管理するブロックチェーン(分散型台帳)ベースのインフラを、インターネット上に設置しようとする新技術を総称する“流行語”だ。Web3を批判したこの人物が、30年以上前に「ワールド・ワイド・ウェブ(WWW)」を発明した米国のティム・バーナーズ・リー氏だったことから、その見解には当然、ニュースになる価値があった。

 だが、バーナーズ・リー氏はただWeb3をあざ笑うためにウェブ・サミットの演壇に立ったわけではない。分散型でプライバシー重視の新しいデータ管理ツールによってWebを作り替えようとする自身のオープンソース技術「ソリッド(Solid)」について語るために会議に参加していた。

 ソリッドはもともと米マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究プロジェクトとして始まったもので、技術を商業化するためにバーナーズ・リー氏らが新たにインラプト(Inrupt)を立ち上げることになった。同氏はインラプトのCTO(最高技術責任者)だ。ウェブ・サミットでは、共同創業者でCEO(最高経営責任者)のジョン・ブルース氏が、バーナーズ・リー氏とともに登壇した。会議の後、筆者は米ファスト・カンパニーの同僚のロブ・ペゴラロとともに両氏に会い、ソリッドの包括的なビジョン、これまでの進捗状況、将来の目標について話を聞いた。

ユーザーが自分の「ポッド」に情報を保管

 「データおたく」を自称するバーナーズ・リー氏はかねて、自分の生活上の情報からより多くのものを得る方法を編み出すことに喜びを見いだしてきた。例えば、デジタル写真に全地球測位システム(GPS)データがタグ付けされるようになる前に、スキー旅行で撮ったスナップ写真を地図上に表示する独自のソフトウエアプログラムを書いた。自分のデータでもっと有益なことができないか思案する中で、「『この分野にはもっとパワーが必要だ、ただ、他のすべての人にも(この力を)持ってもらいたい』と考えた」と振り返る。

 やがて、この渇望がソリッドプロジェクトに発展した。中核的な概念は、個人のデータがWeb上の至る所に散らばり、本人から情報を収集したどこかの企業によって保管される代わりに、すべてのデータが1カ所に保管され、しかも本人の管理下に置かれるべきだというものだ。この場所は「ポッド(Pod)」と呼ばれる。「パーソナル・オンライン・データ・ストア」の略称だ。ユーザーは自分のポッド内の情報に対するアクセスをどのWebサイトにも与えることができ、同じくらい容易に、そのアクセスを無効にできる。

 ソリッドはSSO(シングルサインオン)機能も提供する。ソリッドがサポートしているサイトであれば、どこにでもログインできる機能で、概念としては米メタ・プラットフォームズ(旧フェイスブック)やグーグル、アップルが提供する普遍的なログインツールと似ているが、ソリッドの場合、巨大ハイテク企業のエコシステム(生態系)に縛られずに済む。

 バーナーズ・リー氏は新しいポッドを、空っぽの「スクラブル」(単語合わせゲーム)のボードになぞらえる。「(最初は空っぽだが)人生が進み、自分のデジタルアイデンティティーやデジタルの状態が変わるにつれ、アプリがものを書き込んでいき、ボードがどんどん興味深くなり、どんどん豊かになっていく」と説明する。ポッドは非公開のままで、そこがWeb3やパブリックブロックチェーン技術の利用と根本的に異なるところだと言う。

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