
消費者のプライバシーの擁護者を自負し、そのために自社の製品やサービスの改革を進めてきた米アップルが最近、広告事業で失態を見せた。消費者のプライバシーを損ないかねない広告ビジネスへの注力は、これまでの姿勢で勝ち得てきた消費者からの“信頼”を失いかねず、大きなブランド毀損リスクを伴う。
最近、米アップルのアプリストア「App Store(アップストア)」を訪れた一部のユーザーは、新しいアプリを検索しているときに奇妙な提案に気づいた。ギャンブル依存症の治療に役立つアプリを探していた人が、ギャンブルアプリを試すよう促された。結婚カウンセリングのアプリを見ていると、デートアプリを薦められた。米ウォルト・ディズニーの配信コンテンツに興味を示すと、「California Psychics」という霊能アプリが提案された。
こうしたスポンサー付きのアプリ推奨は2つの理由から意外だった。まず、アップルがこのようなずさんな手段を取ることはこれまで滅多(めった)になかった。米アーズテクニカなどのメディアが報じたように、アップルはその後、App Storeのプロダクトページ上で、ギャンブルなどの一部カテゴリーでのアプリの広告を「一時停止」したと話している。そして、この“不具合”は後に修正される可能性が高い。
だが、それでも、もっと大きな驚きが残る。こうしたスポンサー付きの検索結果が表示されるという事実そのものが、アップルがどうやら広告収入の獲得を本気で追求しようとしていることを示している。なぜか。米動画配信大手ネットフリックスが最近、広告ベースの料金体系を採用したことが実証しているように、広告は世の中から消えない。だが、アップルはここ数年、消費者のプライバシーの擁護者として自社を位置付けてきたのではなかったか?
他社のデータ収集を困難にし、ブランドを磨いたアップル
アップルは、米グーグルや米メタ・プラットフォームズ(旧フェイスブック)といった、主な収入を広告に頼る企業にとって、広告配信に必要なデータの収集が格段に困難になるように自社のソフトウエアを変更し、消費者のプライバシーを擁護するスタンスを打ち出して注目を浴びた。
これらの変更は、グーグルの親会社であるアルファベットとメタに数十億ドルの損失を負わせ、その過程でアップルのブランドを磨き上げたと言える。アップルは臆面もなく、データに“飢えた”広告主導の企業からユーザーを守るために立ち上がった会社として、自社を位置付けてきた。同社の言葉を借りるなら、「あなたのiPhoneで起きることは、あなたのiPhoneの中にとどまる」というわけだ。
このため、App Storeでスポンサー付きのアプリを推奨する際の失態は、そもそもアップルがなぜ広告に進出するのかという疑問を投げかける。広告のせいで同社のプライバシー重視の取り組みが偽善的に見える恐れがあるからだ。確かに、アップル自身は、自社のアプローチとオンライン広告から巨額の収益を得ている巨大企業が使う戦略とを、明確に区別している。何よりアップルは(すべて自社で収集したデータを大量に持っているとはいえ)サードパーティー経由でユーザーを追跡しておらず、データを他社と共有することもないと説明している。また、ユーザーはパーソナライズされた広告をすべてオフにすることもできると指摘する。
だが、アップルをはじめ、消費者と向き合う企業なら誰でも知っているように、技術的な詳細はユーザー体験ほど重要ではない。ブランドの評判を形作るのは、ユーザー体験だからだ。気味が悪い、あるいは不適切な宣伝を見せられたと感じた人にしてみると、バックエンドで起きている違いなど全く重要ではない。
広告収入がなくても業績は安泰!?
しかも、アップルは、業績が低迷して必死になって収益を求めているわけでもない。アップルは2022年10月末に、またしても輝かしい四半期決算を発表したばかりだ。900億ドル(約13兆1400億円)以上の売上高、200億ドル(約2兆9200億円)超の利益、そして事前予想を上回った業績はすべて、主にハードウエア販売が原動力になっていた。確かに同社は、経済的な逆風が足元の四半期(10~12月期)に影響するとのシグナルも送った。だが、それでもアップルの決算は、(広告収入に頼る)一部の巨大ハイテク企業の最近の期待外れの決算と一線を画す。もし事業が活況を呈しているのだとすれば、なぜブランドに泥を塗るようなことをするのか。
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