
ヒマラヤ山脈の小国ブータンが国家ブランディングのために採用した新しいスローガンとロゴは、観光振興キャンペーンと国家的アイデンティティーの間の線引きを曖昧にする。かつそのための費用対効果も曖昧のままだ。
今は2022年で、企業から人、国に至るまで、すべてがブランドになり得る時代だ。この最後のカテゴリーで、ペルー、エストニア、日本に続く最新事例がヒマラヤ山脈の小さな王国から現れた。だが、国にブランドを与えるとは、そもそもどういう意味なのか。すべての国にブランドが必要なのだろうか。
2年以上国境を閉ざしてきた後、ブータンが22年9月23日から観光客の受け入れを再開した。同国はこれを記念し、新たな国家的アイデンティティーをお披露目した。自国の市民と外国の訪問者を一様に刺激すること、そして1日65ドルから同200ドル(約2万9320円)に跳ね上がった新たな「持続的開発費(SDF)」を正当化することを意図したものだ。
英ロンドンの広告代理店MMBP&アソシエーツによってデザインされたブランドは、「Believe(信じる)」という1つの言葉を軸に築かれ、視覚的アイデンティティーは大胆かつモダンな色で描かれた伝統的なシンボルの万華鏡を通して、ブータンの特徴と歴史を映し出している。
ランキングまでされる国家ブランド
馴染(なじ)みの薄い人のために説明すると、国のブランディング、あるいは場所のブランディングとは、企業のブランディング手法を用いて国や場所を宣伝することだ。こうした取り組みを最も明らかに示しているのは観光業だが、このグローバル化時代においては、資本や人材を呼び込むため、あるいは世間に認識される国の名声を高めるためにも、国家ブランディングが使われる。
この慣行の起源は1990年代にさかのぼる。国家のブランディングの生みの親で、元広告代理店幹部のサイモン・アンホルト氏が、観光業のような産業、移民、文化、人にまたがる国の認識の総計として定義したときのことだ。近年では「アンホルト・イプソス国家ブランド指数」など、さまざまな機関によってランキングされるほど国家ブランドが普及した。2021年版の指数ではドイツが首位につけ、調査回答者がドイツ製品を買うこと、ドイツ企業に投資すること、あるいは貧困と闘うドイツ政府の取り組みについて肯定的な感情を抱いていた。
現在、日本からニュージーランド、ロシア連邦タタールスタン共和国に至るまで、次第に多くの国や都市、地区さえもが、自身のブランディングとブランド刷新に乗り出している。リブランドは簡単なロゴやスローガンにとどまることもあれば、本格的な観光戦略になることもある。だが、その中核において、ブランディングは何か1つの目的のために認識を変えようとする試みだ(この点については後でもう少し触れる)。
一部のブランディング戦略は、例えばスコットランドの「The Best Small Country in the World」のように、何年か続いた後に廃れる。一方、オランダのアムステルダム市の「I amsterdam」などは人気が沸騰したため、市内のミュージアム広場に観光客が殺到し、市は象徴的なI amsterdamの看板を一時撤去することを余儀なくされた。
ブータンの新ブランド、持続可能な観光が軸
ブータンのBelieveブランドは、実はリブランドだ。著しい生物多様性と豊かな自然を別にすると、ブータンは「国民総幸福量(GNH)」の指標や観光業に対する「高価値・低容量」のアプローチで知られている。同国は何年も前から、潜在的な観光客に向けて自国の貴重さを打ち出す「デスティネーション・ブランド」の一環として、観光業を振興してきた(「Happiness is a Place」というのがうたい文句だった)。18年には「Made in Bhutan」と呼ばれる新戦略を採用したが、これは結局、アイデンティティーというよりはブータンを輸出国として位置付ける政府貿易局による試みだった。
この記事は会員限定(無料)です。
- ①2000以上の先進事例を探せるデータベース
- ②未来の出来事を把握し消費を予測「未来消費カレンダー」
- ③日経トレンディ、日経デザイン最新号もデジタルで読める
- ④スキルアップに役立つ最新動画セミナー