面接なし、身元調査なし、薬物検査もなし──。求人が出た時、イエスかノーの簡単な質問に3つ答えれば、それだけで仕事が自分のものになる。これが「オープン・ハイヤリング」と呼ばれる新たな採用哲学だ。問題がないだけでなく、離職率の低下や生産性の向上などの効果が出ている。

ほぼすべての小売店は人員を採用するときに経歴などの調査を行う。これは過去に収監されたことがある求職者が直面する多くの障害の1つだ。前科のない求職者にとっても、マリフアナの薬物検査は、娯楽目的でのマリフアナ使用が合法な州でさえ、仕事を逃す原因になる。
英国に本社を構える化粧品会社ザ・ボディショップは2020年夏、小売り大手として初めて、「オープン・ハイヤリング」と呼ばれる別のアプローチを取り入れる。欠員が出たとき、求人に応募して、ごく基本的な条件を満たした人はほぼ誰でも、早い者順で仕事に就けるのだ。
お手本は社会的企業グレイストン
この採用慣行は、社会問題の解決を目的として収益事業に取り組む社会的企業で、米ニューヨークに本拠を置くグレイストン・ベーカリーが先駆的に取り入れたもので、ザ・ボディショップは19年末に米ノースカロライナ州にある物流センターの人員採用で試験的に導入した。
「応募してきた人の経歴は問わない」。ザ・ボディショップの米国統括ゼネラルマネジャーのアンドリア・ブリーデン氏はこう話す。「薬物検査を受けてもらうこともしない。仕事を得るために答えてもらう質問は3つだけ。『米国で働く許可は得ていますか』『最大で8時間立っていられますか』『50ポンド(約22キログラム)以上の荷物を持てますか』というものだ。この3つに答えてもらえれば、物流センターで働くチャンスを与える」。
高級スーパーのホールフーズ・マーケットやアイスクリーム大手ベン&ジェリーズといった顧客企業に焼き菓子を供給しているグレイストンでは、採用に対するこのアプローチはビジネスの根幹を成している。
グレイストンのマイク・ブレイディCEO(最高経営責任者)は「根幹において、グレイストンのミッションは、雇用への障害に直面している人たちにインパクトを与えることだ」と言う。同社のスローガンは、「我々はブラウニー(チョコレートの焼き菓子)を焼くために人を雇っているわけではなく、人を雇うためにブラウニーを焼いている」というものだ。
ポストに空きが出ると、職探しをしている人のリストから欠員を埋めていく。新たに採用された人は見習いとしてスタートし、仕事の仕方と基本的な生活スキルの双方について訓練を受ける。見習い期間が終わった後にグレイストンにとどまることを決めた人は、新人レベルの仕事と昇進の機会を手に入れる。
この仕組みはうまくいっており、同社は19年に約3600トン分のブラウニーを販売し、2200万ドル(約24億2000万円)の売り上げを稼いだ。18年には、他社が同じプロセスを導入するのを手助けするために、「センター・フォー・オープン・ハイヤリング」という非営利団体を立ち上げている。
人員採用の考え方に変化
「あの当時、善を成す勢力としての企業を取り巻く大きな機運があり、我々はその勢いを利用し、オープン・ハイヤリングをスケールアップする戦略に取り組み始めた」。ブレイディ氏はこう説明する。「そして今、周知の通り、従業員を見つけ、優秀な人材を組織に迎え入れることが難しい状況が強力な追い風になっている。ありがたいことに、いい人材をいかにしてビジネスに取り込むかについて、人々が従来と違う考え方をしている」。
ザ・ボディショップはおよそ1年前に、このアプローチについて学んだ。ブランドの新たな目的──「より公平でより美しい世界のために、戦うために我々は存在している」というもの──を打ち出す社内発表会に社会的企業や活動家を招待し、グレイストンにプレゼンテーションしてもらったときのことだ。
プレゼンは共感を呼んだ。「みんなが本当に刺激を受け、よりインクルーシブ(包摂的)な雇用主になるにはどうすればいいか、自社でオープン・ハイヤリングの慣行を実践するにはどうすればいいかについて考えるようになった」とブリーデン氏は振り返る。
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