
著名な経営者や映画監督が創業メンバーに名を連ね、鳴り物入りでスマートフォン向けの短尺動画配信サービスを立ち上げる米Quibi。Netflixが支配し、大手メディアの新規参入も相次ぐ業界で、こんなサービスが成り立つのか――。まだ懐疑的な気持ちを残しながら、筆者もつい、その気になってしまった。
動画配信サービス会社Quibi(クウィビー)のCEO(最高経営責任者)と創業会長を務めるメグ・ホイットマン、ジェフリー・カッツェンバーグ両氏の取材に向かった時、筆者はQuibi懐疑派を自認していた。
すでに「Netflix」が支配的な地位を固め、「Disney+」「Apple TV+」「HBO Max」などの新規参入組で激戦必至のサブスクリプション型動画配信サービスの世界で、短尺動画を携帯電話だけに配信する有料サービスを立ち上げるという考えは、荒唐無稽にも思える。そうそうたる顔ぶれの創業メンバーと会社に流れ込む資金の量――当初10億ドル(約1100億円)を調達し、ここへ来て4億ドル(約440億円)を追加調達した――は、このプロジェクトを取り巻く思い上がりの雰囲気を強めるばかりだ。
今年のデジタル技術見本市「CES」でQuibiの技術部門やプロダクト部門のトップ、クリエイティブ系のスタッフ数人から話を聞いたうえで、ホイットマン、カッツェンバーグ両氏の取材を終えた時、筆者は、そう、まだ懐疑的だった。サブスクリプション型動画配信は厳しいビジネスで、「Instagram」や「TikTok」といった無料サイトから携帯ユーザーの関心を奪うのは容易ではない。
だが、作り手から見て、大きなコミットメントが求められるNetflixのシリーズ番組の代わりとしてのQuibiの短尺動画の魅力は理解できるし、一部の映画監督やプロデューサー、俳優がQuibiのことを潜在的な革命として称賛している理由も理解できる。また細切れの短い時間に収まるよう設計された短尺動画をいくつか見るのは、視聴者の側としては少なくとも多少は楽しみだ。これらはQuibiがなければ、ソーシャルメディアをスクロールして過ごしたかもしれない。
そもそもQuibiとは何なのか?
Quibiは2020年4月6日のサービス開始時に、広告付きなら月間5ドル(約550円)、広告なしなら月間8ドル(約880円)で提供される動画配信サービスだ(通信大手の米Tモバイルが主要パートナーになっており、同社のワイヤレス契約プランにQuibiをバンドルする)。サービスは30分間ないし1時間の一般的なテレビ番組形式を拒絶し、1話当たり最大で10分間。立ち上げ当初はスマホだけに配信される。ホイットマン氏は、ユーザーが将来、動画をテレビに映し出せるようにする可能性について語ったが、焦点は明らかにモバイル端末に合わせられている。
コンテンツについては、Quibiは大量の作品の提供を約束している。初年度の計画では、175のオリジナル番組(個々の動画数では8500本)をリリースし、毎日3時間分の番組が配信される。Quibiの取締役会には、映画監督のスティーブン・スピルバーグ、ギレルモ・デル・トロ、キャサリン・ハードウィック、モデルのクリッシー・テイゲン、コメディー俳優のビル・マーレイといった大物も名を連ねる。
一部のコンテンツは筆者のようなノスタルジックな30代を直接狙ったように思えるほどで、テレビシリーズ『Legends of the Hidden Temple』の大人向けリメイク版や米MTVのゲームショー『Singled Out』、ドッキリ番組『Punk’d』の新シリーズなどが用意される。
Quibiは20年1月8日、こうした動画はすべて「Turnstyle」という新たなフォーマットで提供されると発表した。ユーザーが異なる視点から視聴できるよう、ポートレートモード(縦画面)とランドスケープモード(横画面)を切り替えられる配信形式だ。
大抵の場合、これは単に、携帯をまっすぐ立てて視聴でき、小さな動画をじっと見ずに済むことを意味するだけだが、一部のクリエーターは新フォーマットでもっと斬新な実験に乗り出している。例えば19年、1台のスマホの視点から全編を撮影した17分間の動画作品を制作したザック・ウェクターは、普通のシーンはランドスケープモードで撮影し、ポートレートモードでスマホの視点から撮影したシリーズ番組を制作している。
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