
世界のトップ棋士に勝った「アルファ碁」で知られる米アルファベット傘下のディープマインドが、今度は一流の生物学者をあっと言わせた。世界の製薬大手もAI(人工知能)で創薬を進めてきた。しかし門外漢のディープマインドがゲームチェンジャーになることを証明しつつある。製薬業界の地図が塗り替わるのかもしれない。
2018年12月、ある衝撃的な結果を評価するために、生物学者たちがメキシコのカンクンに集まり、会議を開いた。米アルファベットのAI研究所で、米グーグルの姉妹会社に当たるディープマインドが、遺伝子コードに基づいてたんぱく質の形状を予測するコンテストで部屋いっぱいの生物学者に勝利したのだ。
たんぱく質の形状予測コンテストで圧勝
ものすごい偉業には聞こえないかもしれない。が、たんぱく質が立体構造に折り畳まれていく仕組みを理解することは、医薬品開発にとって極めて重要なことだ。薬は多くの場合、たんぱく質に吸着し、体内での作用を変えることによって病気と闘うからだ。ディープマインドは、会議に集まった大勢の一流学者、専門家よりも大幅に高い精度で、こうしたたんぱく質の形状を予測することができた。
「これが、多くの人が何十年も研究に取り組んできた分野だということに、ふと気づかされた」。コンテストに参加したハーバード大学の生物学者、モハメド・アルクライシ氏は、ニュースサイト「Vox(ヴォックス)」にこう語った。「新しいグループが入ってきて、これほど大きな成果を、これほど素早く出せるという事実は……、学界の構造的な効率の悪さを浮き彫りにしたから、私としてはじくじたる思いだった」。
創薬ビジネスにとって、これは驚くべき瞬間だった。生物学の経験が浅い門外漢が、いきなり入り込んできて、専門家よりもうまく科学をやれるのだろうか──。こうした疑念を一瞬に払拭した。
ディープマインドの発見は、もしAI有力企業として着実に信用を築くアルファベットと闘うことを意味するのだとすれば、大手製薬会社に対して、自分たちの産業での支配的地位を維持できるのか、という疑問を投げかけることになる。
ずっと前からAIを使ってきた製薬大手
もっとも製薬大手は、ディープマインドの勝利の瞬間よりずっと前からAIを使い始めていた。今では多くの製薬大手が外部のスタートアップに投資している。市場調査会社ピッチブックのデータによれば、米国の創薬企業は18年に合計94億ドルの資金を調達しており、19年に入ってさらに44億ドル調達した。製薬大手にとって、いずれ競争相手になりかねない企業に資金を出すことを意味したとしても、こうした動きは止まらない。
例えば、精神障害の治療薬の開発に重点を置く米ブラックソーン・セラピューティクスが19年に7500万ドルの資金調達をしたとき、米ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)が投資家のグループに名を連ねていた。
ブラックソーンは潜在的な薬剤が精神状態にどう影響するかを深く理解するために、脳の画像を利用している。19年末には、大うつ病性障害を治療する薬剤候補についてフェーズ2の臨床試験を開始する。これが最終的に承認されれば、J&Jの医薬品部門が最近発売した医薬品と真っ向から競合する薬だ。
J&Jは英国のベネボレントAIという会社とも提携している。同社は主に、体内の適切なターゲットを見つけるために、科学的文献を使ってアルゴリズムを訓練している。競合への投資は、J&Jが幅広く、かつ防衛的に賭けに出ていることを物語っている。
同社だけではない。スイスのノバルティス、英アストラゼネカ、英グラクソ・スミスクラインなどの製薬会社は軒並み、AIの新興企業と提携している。その中から画期的な薬剤見つける企業が出てきたら、旧来の製薬会社はすでに恩恵を受ける用意ができている。また、すでに協力したり、投資したりした実績がある会社を買収する立場にも立てるかもしれない。
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