マツダの革新をデザインで引っ張ってきた同社常務執行役員デザイン・ブランドスタイル担当の前田育男氏。伝統と革新、合理性と無駄…。デザインとは、時として相反する命題に向かい合い、1つの「形」にまとめ上げる宿命を持つ。前田氏だけが語り得るデザイン論。テーマは「相克」。
東京都小平市の武蔵野美術大学。休講日にもかかわらずアトリエには制作に励む学生たちの姿がちらほら見えるキャンパスの一角で繰り広げられる「デザイン論」は、深みを増していきます。
デザインテーマ「魂動(こどう)」を打ち出し、広島の自動車メーカー、マツダの改革をデザインでけん引してきた人物、前田育男と、その中学・高校時代の同級生、仲森智博(日経BP総研フェロー)が、同大学の学長・長澤忠徳と語り合う「相克のイデア」。後半の始まりです。
── 一度、デザインに携わっている方に聞いてみたかったんですが、最近よく聞く「デザイン思考」って、結局のところ何なんでしょう? なかなか腑(ふ)に落ちる説明を聞けたことがなくて。課題解決を図ったりイノベーションを起こしたりするために活用できるデザイナーの思考方法とか、一般には言われているみたいですが。
前田 デザイン思考って言葉自体、僕も含めてプロのデザイナーはあまり使っていないかも。
長澤 デザイナーって、専門分野でもなんでも軽く超えることができるんです。他の職業と違って、何かを作ろうとなったら、どんなものでも使いますから(笑)。それこそプラスチックが使えないんだったら、和紙を使ってみよう、みたいに、越境して作り出すんです。そういった柔軟な考え方が、いわゆるデザイン思考かな、と思うんですよね。
前田 デザイナーにとっては、今さら言葉にする必要もない当たり前の思考方法なのかもしれませんね。
長澤 そうですね。デザイン思考を勉強したからって、デザインができるようになるわけじゃない。あくまで「考え方」です。逆に言えば、そんな簡単にデザインができるわけがない。デザインを構成する様々な専門分野は、ほとんどが自然言語(社会において自然に発生して用いられている言語)がベース。要するに辞書に載っている言葉を使って考えるんですね。デザイナーはそういった、多種多様な専門分野をまとめ、意思や考えも含めて形にする「ナラティブ型」のアプローチが必要とされるのですが、それを可能にしているのは、自然言語では説明しきれない部分をカバーする「造形言語」とも言うべき表現を身につけているからなんです。
前田 デザイナーとしてフォルム作りが本分にはなりますが、僕はやりたいことや哲学を表すために言葉も大事にしています。言葉も形の一部。ビジュアルと組み合わせて表現することで、より正確に思いや考えを伝えられると考えています。
長澤 そういった感覚や思考を身につけるには「空気」に触れることが大事になってきます。例えば、武蔵野美術大学に来れば、「美大生らしさ」を持つ学生がたくさんいるんですよ(笑)。休み中でも大学に来て、頼まれなくてもずっと絵を描いているような。課題が出てこなければ何もしないような人は近寄れないくらいの気迫です。そういった、ものづくりに真剣に向かい合っている人たちに接することで、デザインや造形といった世界のリテラシーを身にまとっていけるはず。そんな人、マツダにも山のようにいるでしょう?
前田 いますよ、たくさん。「変態」が最上級の褒め言葉になるような、クルマとクルマ作りが好きで好きで仕方ないやつらが(笑)。
長澤 そんな空気に触れるのは、美大に来る大きな意義のひとつだと思います。ただ、大学はお金を払って苦労する場所なんですよね。企業のものづくりの現場とはそこが異なる。
前田 そうかもしれません。私たちも数年前から広島市立大学芸術学部と共同して「共創ゼミ」を開設しました。そこで社会に必要とされるものづくりを、学生たちに学んでもらおうという活動をしています。自動車メーカーとしてのノウハウも伝えながら、ユーザーやクライアントといった相手のあるものづくりを学んでもらうのですが、活動を続けていくうちに、学生たちのマインドがどんどん変化していく感じが分かる。その様子には、私も大いに刺激を受けています。
長澤 本学でもこの4月から新たに誕生した市ヶ谷キャンパスで、企業と連携した実践的な学びをスタートさせています。そこでは授業やゼミから生まれた事業コンセプトや実践的なワークショップを通じて社会にコミットしていく実験的な場を提供し、学生達に切磋琢磨してもらいたいと考えています。

前田 それは興味深いですね。
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