マツダの革新をデザインで引っ張ってきた同社常務執行役員デザイン・ブランドスタイル担当の前田育男氏。伝統と革新、合理性と無駄…。デザインとは、時として相反する命題に向かい合い、1つの「形」にまとめ上げる宿命を持つ。前田氏だけが語り得るデザイン論。テーマは「相克」。
「随分遠くまで来たね…」
「もうすぐ着くはずだよ」
JR相生駅からジャンボタクシーに揺られて小1時間。スタッフ一同、高まる期待を胸に到着したのは、兵庫県佐用郡の田園風景の中に立つ刀匠の工房だ。
刀匠の名は髙見國一(たかみくにいち)。現代を代表する刀匠、河内國平(かわちくにひら)の下で修業し、独立を果たして20年。2018年の現代刀職展での高松宮記念賞をはじめ、数々の受賞経験がある、現在最も注目されている日本刀の作り手の1人だ。鍛冶場に足を踏み入れると、戸外ののどかさとは対照的に、やがて始まる鍛錬の工程を前に、薄暗がりの中に緊張感が張り詰めていた…。
デザインテーマ「魂動(こどう)」を打ち出し、広島の自動車メーカー、マツダの改革をデザインで牽引してきた人物、前田育男と、その中学・高校時代の同級生、仲森智博(日経BP総研フェロー)が、気鋭の刀匠と語りあう「伝統と革新」論。「イデアの相克」第4幕、いざ開演!
前田 いやー、すごいですね。鍛練の工程を拝見しているだけで自然に刀への畏敬の念がわいてきました。
髙見 ありがとうございます。
── 前田は、高見さんとお弟子さんが真っ赤になった玉鋼(たまはがね)をたたいているすぐそばまで寄っていってたよね。火花とかバンバン飛ぶけど、怖くなかった?
前田 ひと振りひと振りにかける高見さんの迫力を感じて、思わず引き寄せられていったって感じ。でも、火花にはさすがにびっくりしたよ。あわてて体を引くくらい(笑)。
── あそこまで近づく勇気はすごいわ(笑)。高見さんにお伺いしたいのですが、刀の素材の玉鋼は、鍛錬することで刀に適した性質を備えるようになるんですよね?
髙見 はい。素材をそのまま使えたら一番いいんですけど、熱してたたくことで、不純物を出していかないといけないんです。
前田 そうですか、鍛錬は余分なものをそぎ落として、純粋な鉄にしていく作業なんですね。
── 不思議なことに玉鋼は、刀匠が鍛錬することでおそろしい性能を獲得するらしいんだ。高見さんの師匠の河内先生のところに某大学の教授が来られて、いろいろセンサーとか仕掛けて、試料もいろいろ採取して細かく分析したらしいんだよね。後日その結果が出たということで電話があって、開口一番「理論値を超えてました」なんて言われたって。そもそも、平たくして折り返した玉鋼が、たたくことでくっつくっていうことすら、金属学ではうまく説明できないと聞いたことがあるよ。
前田 作刀には現代のテクノロジーでは解明し切れない、神秘みたいな部分が残されているんですね。
── 作刀には、鍛錬のほかにどんな工程があるんですか。
髙見 玉鋼を「積み沸かし」して、「鍛練」、心金(しんがね)と呼ばれる軟らかい鉄を組み合わせる「造り込み」、刀の形にする「火造り」、さらに「土置き」「焼き入れ」「鍛冶研ぎ」「銘切り」などを行います。最後の仕上げ研ぎは、研師(とぎし)さんにお願いします。
前田 最後の研ぎは自分ではやらないんですか?
髙見 やらないです。専門の方にやっていただくと、仕上がりがまるで違ってきますので。
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