※日経トレンディ 2018年12月号の記事を再構成

日経トレンディが選んだ「2019年ヒット予測」5位は「ヒプノシスマイク」。男性声優が現実離れした個性をぶつけ合う即興ラップが、アニメに関心のない層をも巻き込む一大ムーブメントを生む。2019年はメディアミックスが本格化し、“ヒプマイ中毒者”が急増しそうだ。

ラップ+声優が業界に衝撃

 即興でリズムに乗せたリリック(言葉)で相手を“攻撃”し合うラップバトル。15年から放送する「フリースタイルダンジョン」(テレビ朝日系列)の影響もあり、カルチャーとして定着してきたこの世界に今、大量の女性が流れ込みつつある。それも、主に「アニメファン」の女性たちだ。

 キングレコードが17年9月から始動させたメディアミックスプロジェクト「ヒプノシスマイク(ヒプマイ)」がその発信源。同作を一言で言えば「男性声優によるラップバトル」だ。

 架空の世界で12人のイケメンラッパーが、精神にダメージを与えるマイクとラップを武器に戦う。そんな設定のアニメのような物語だが、現状キャラの絵は動いておらず、アニメ作品ともいえない。現時点のコンテンツは彼らの歌うラップとボイスドラマが収録されたCDのみだ。むしろ、ジャイアン役で知られる木村昴など、声優たちが顔出しで歌う姿が目立つ。8月に開催されたキャストほぼ総出演のライブは2500席以上の会場が埋まった。

 アイドルなど音楽の世界を描き女性に人気のアニメ系作品は珍しくない。しかしヒプマイはそういった枠には収まらない。19年にかけての新展開により、男性や、アニメに興味のない層まで巻き込むムーブメントになり得る。

 最大の理由は音楽そのものの強さ。ヒプマイの楽曲は本物のラッパーの「まね事」ではなく、むしろ“本物を超えた”とすらいえる存在なのだ。

 「ラップソングは『自分語り』の側面が重視され、リリックにはラッパー自身が歩んできた人生が反映されるカルチャー。自分のキャラを逸脱し過ぎたラップは『リアルではない』と思われてしまう」(ヒプマイのプロデューサーであるキングレコードの平野宗一郎氏)。

 しかし声優はキャラクターを演じて歌うことで、現実よりはるかにとがった個性を表現できる。実際にヒプマイには「逆らうと罪をでっち上げて逮捕するぞ」と嫌らしく歌う汚職警官や、仕事のストレスをひたすらネガティブに語るサラリーマン、黄色い声でぶりっ子的言動を振りまく天然ジゴロなど、現実にはなかなかいない「ぶっ飛んだ」ラッパーがそろう。アニメファンどころか、既存のラップファンでない人にも、どれか一つは刺さりそうなバラエティーの豊かさだ。

 個性的なだけでなくクオリティーも高い。楽曲はラッパ我リヤなど、実際の一流ラッパーたちの手によるもの。「ラッパーが他人に曲を提供すること自体が珍しい。キャラの設定を伝えると複雑さに頭を抱えてしまう人もいた」と平野氏は笑う。そして、歌い方の自由度が高いのがラップの特徴だが、その点は活舌と演技力にたけた声優と相性がいい。「結果として、新しさとクオリティーを両方実現できる組み合わせだった」(平野氏)。アニメソング的な雰囲気は少ないため、アニメ好きでない人でも抵抗なく受け入れやすい。

 そして、人々をさらに強力に引き付ける要素が、キャラたちが「ガチで戦っている」という臨場感、緊張感だ。

 物語上、キャラたちはイケブクロ、ヨコハマなど実際の地名になぞらえた4つの陣営(ディビジョン)に分かれ、今はラップバトルのトーナメントの最中だ。現実のラップバトルは審査員や聴衆の反応で勝敗が決まるが、ヒプマイでも各試合の様子が収録されたCDが発売され、同封された投票券で勝敗が決定。それに基づいて決勝戦のCDが作られるのだ。「ファンの選択を迅速にストーリーに反映できるのは、アニメなどより制作期間が短い音楽の強み」(平野氏)。結果としてファンたちはアイドルの“総選挙”のような参加意識で、「推しのディビジョン」の応援にのめり込むことになる。もちろんバトルの曲は実際には「即興」ではないが、「曲のクオリティーが極めて高く、聴けば本当に戦っていると感じられる」(アニメイト)。

 今年11月に決勝戦のCDが発売され、第1回のトーナメントは決着するが、これは物語としてはほんの序盤。そして年末のコミカライズや19年のスマホゲーム化など、「音楽原作」から始まるメディアミックスがこれから本格化する。告知こそされていないが、アニメ化というカードも残っている。さまざまな接点から本作品を知る人が増えるに従い、「ヒプマイ中毒者」の数はうなぎ登りとなりそうだ。

CDやグッズの売り場には流れる曲に聴き入る客が目立ち、男性の姿も増えているという(写真はアニメイト新宿)
CDやグッズの売り場には流れる曲に聴き入る客が目立ち、男性の姿も増えているという(写真はアニメイト新宿)

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