倒産寸前だったメガネスーパーを再浮上させるため、自ら現場に乗り込んで社員の意識改革を進めた星崎尚彦社長(前回の記事を参照:「大赤字でも社員の危機感ゼロ メガネスーパーV字回復の現場改革」)。ついにビジネスモデルそのものの大転換に踏み込んだ。メガネを売るだけではなく、「眼の健康」を売るアイケアカンパニーへの脱皮だ。メガネ一式の単価は格安チェーンの3倍以上、それでも売れるワケとは?

2014年5月、星崎尚彦社長がメガネスーパーの再建に乗り出してから約1年後、同氏はさらに危機感を募らせていた。4月に断行された消費税の増税前の駆け込み需要で、3月は久しぶりの単月黒字を記録し、ファンドが追加投資をしたことで上場廃止という最悪のシナリオは免れた。しかし、今度は激しい反動減に襲われていたのだ。
「このままでは、また同じことが繰り返される……」
そこで星崎氏は、今後の再生プランを集中的に議論するために、各部門の有志120人が集う2泊3日の合宿を行った。部門横断の10チームに分かれて侃々諤々の議論が繰り広げられ、最終プレゼンのときを迎える。すると、驚くべきことに全チームが同じ結論に至った。「黒字化するためには、レンズと視力検査の有料化に踏み切るしかない」というものだ。

実はこれ、星崎氏が約1年悪戦苦闘するなかで思い描いたプランそのもの。製造小売りという効率的なビジネスモデルを生かして低価格攻勢を仕掛けるJINZやZoffに対抗し、メガネスーパーは従来の高コスト体質のまま「レンズ代0円」などに踏み切り、勝てるはずもない安値競争に打って出ていた。しかし、本来、メガネの価値はレンズで決まる。眼に負担をかけにくいなどの機能面もさることながら、個々人に本当にフィットしたレンズを選ぶには手の込んだ視力検査も必要だ。つまり、「これまではメガネ店の付加価値そのものを無料で提供していたということ。こんなバカな話はない。『うちは安いですよ』というだけのビジネスなら、小売りに人はいらない。自動販売機で十分」と、星崎氏は手厳しい。
もともとメガネスーパーはメガネの専門学校を運営していたこともあり、社員の眼の知識や、検査・加工技術は業界内でも抜きん出ている。それを生かして、メガネを売るだけではなく、トータルで「眼の健康」を売る付加価値企業へ転換する――。
星野氏の視界は良好だ。しかし、これまで無料だったレンズや視力検査を有料にするこの決断は、業界慣習からいってあまりにも非常識だし、安売りに慣れていた社内にとっても“劇薬”となる。トップダウンだけでは社員は到底納得しない。そこで星崎氏は、先の合宿で社員が自ら考えるための材料を提示するにとどめ、結論が出るのをじっくり待つことにした。その結果、全チームが自分たちの頭でたどり着いたのが、星崎氏と同じ「答え」だった。付加価値ビジネスへの大転換というブレークスルーが決断された瞬間だ。

この合宿の翌6月、早々にメガネスーパーは「アイケアカンパニー宣言」を内外に発表した。レンズ有料化に伴って高性能なプレミアムレンズの推奨に力を入れ、かつてメガネ一式で約2万円だった平均価格は、今では約3万7000円にアップ。格安チェーンの3倍以上も高い水準になった。視力検査も1000円~3000円のメニューをそろえて有料化。そのぶん、他チェーンが15項目ほどの検査を20分余りで済ませているところを、最低でも30項目以上、たっぷり1時間以上かける。夜間視力検査やコントラスト検査など、52項目に及ぶメニューで眼の状態を正確に把握する上位プラン「トータルアイプレミアム検査」(3000円)を選ぶ人も多いという。
これが、「合わないメガネ」からくる体の不調や、老眼に悩んでいた中高年から絶大の信頼を得る。入り口の価格ではなく、長い目で見た健康価値に顧客はしっかり反応したのだ。加えて、有志の社員自らが合宿で腹落ちした戦略だけに、全社ブレることなく突き進めたことも大きい。こうしてアイケアカンパニー宣言から約2年後、メガネスーパーは15年度決算で8期連続の赤字を脱し、ついに5億円の黒字を計上した。
「完璧だよ、そのビジネスモデル」
アイケアカンパニー宣言を行った14年の秋、再び開かれた合宿でマーケティング部門の社員が行ったプレゼンに星崎氏は思わずうなった。提案の内容は、これまで無料が当たり前だった保証に有料プランをつくろうというもの。14年末から「HYPER保証プレミアム」として展開している。
その中身はこうだ。メガネを購入した顧客は月々300円を支払うと、自他責問わず3年間何度でも、度数変更やフレーム交換を1回3000円と破格値でできる。そして保証を使わなかった顧客に対しては、3年間(36カ月×300円)の支払合計に当たる1万800円分の割引券が進呈される。顧客にとって有利な条件であり、かつメガネスーパーにとっても、交換率さえ低ければ少ない費用で継続購入につながりやすいメリットがある。
実際、HYPER保証プレミアムを始めると、その効果は抜群だった。3年間で交換に訪れる人は全体の2割もおらず、それ以外の人は“掛け捨て”の状態。その代わりに届く割引券を持って、ほぼ全員が新しいメガネを購入しに店舗を訪れ、再びHYPER保証プレミアムに加入するのだ。通常の経営者なら、途中交換によるマイナスのことばかり考えて踏み込めない。それがあるから、社員も提案を上程しないし、たとえ提案したとしても社長を説得しきれない。だから、ライバルの追随はなく、業界でメガネスーパーだけが突き抜けられる――。プレゼンを聞いた星崎氏は、そこまで読み切った。
「ビジネスの最大の障壁は、経営者の『常識』である」
星崎氏が常に胸にとどめている持論だ。ビジネスの転機で最後に必ず立ちはだかるのは、業界慣習にとらわれた経営者自身という皮肉。確かに、肉を切らせて骨を断つ決断は難しい。それでも、メガネスーパーの劇的なV字回復という結果を前にすれば、紛れもない真実だ。
こんなこともあった。14年3月から始めた「コンタクト定期便」は、2週間交換タイプなどのコンタクトレンズを初回購入した後、申し込むと、店舗に行かなくても定期的に商品が自宅に届くというもの。それまでの常識からすれば、店頭で対面接客しないと顧客のつなぎ止めができないという理由で排除されてきた。これを星崎氏は「ただのイリュージョン」と一刀両断にする。
それにはワケがある。もともとコンタクトレンズという商材は、どこで買っても同じもの。顧客のロイヤルティーはそれほど高くない。実際、調べてみると、来店してコンタクトを購入した顧客は、およそ5割が“脱落”して他店に流れていた。ならば、“入り口”さえ固めて新規をしっかり獲得すれば、後は自宅に届くほうが顧客にとっても利便性が高いし、定期便の仕組みなら長くつながれる。しかも、コンタクトレンズ購入者との接点をなるべくコールセンターに移すことで、店舗スタッフは付加価値の高いメガネの販売に力を注げる。そんな目論見だ。
この決断をするには、各店に十分な在庫を用意して、コンタクトレンズの新規客に初回分を即日渡しできる体制を整えることが肝になる。通常の経営者なら在庫リスクを懸念して選択しづらいプランだ。しかし、星崎氏は躊躇することなく各店に1500箱ほどの在庫をそろえた。もちろん、単品管理の仕組みを導入して、在庫コントロールを精緻に行える体制を整えたうえでだ。その結果、在庫リスクを抑えながら、コンタクトレンズ事業は毎年20%以上の販売増を記録。新規客を効率的に刈り取っているうえ、コンタクト定期便の利用者は実に95%のリピート率を誇るという。
また、当初コンタクト定期便を解約するには1年経過後などの“縛り”があったが、星崎氏はこれを撤廃。いつでも解約可能にした。「エントリーでお客さんの気持ちがすごくラクになるし、いつでも解約できると思うと、逆に解約する人は少なくなる」と星崎氏。先述のHYPER保証プレミアムもそうだが、消費者心理を捉えた“逆張り”が実に巧みだ。
こうしてすべてが好回転し始めたメガネスーパーは、すでに3期連続で黒字を達成。さらなる成長の軸となるのが、17年11月の高田馬場本店を皮切りに出店・リニューアルを始めた次世代型店舗だ。18年10月末時点で全国約400店舗のうち15店舗が次世代型に切り替わっており、今後数年で100店体制を目指す。

次世代型店舗は、アイケアカンパニーとしての集大成のような店だ。前述のトータルアイプレミアム検査のように精緻な検眼を行う他、落ち着く香りが漂うゆったりとした空間のなかでアイケアリラクゼーション(1回10分1000円)も受けられる。顧客がリラックスできるうえ、視力検査前に眼の周辺を集中ケアすることで精度の向上が見込めるという。また、5.1チャンネルのサラウンドシステムを導入してリアルな生活環境に合わせて試聴できる補聴器サロンも完備している。
この次世代店舗の稼ぐ力は圧倒的だ。例えば、高田馬場本店の18年5月~7月の実績では、新規客数が前年同期比で約4倍に膨れ上がり、メガネの平均販売単価は改装前の約3万9000円から約5万2000円にまで1万円以上も跳ね上がった。きめ細かな接客をするぶん、高単価なプレミアムレンズの販売比率が約9%も向上している結果だ。また、補聴器の平均販売単価に至っては約9万9000円も上がっている。このように次世代店舗のほぼ全店が好調だ。
また、新たな収益源として成長著しいのが、リラクゼーションのような付加サービス。施術を行うのは専用の研修を受けた既存の店舗スタッフ、スペースも店舗内なので、大きな先行投資は必要ない。それ故、既に200店以上に広げており、月200万円以上もの利益をたたき出しているという。メガネスーパーの顧客層は40歳以降が7割を占めており、リラクゼーションとの親和性も高い。これを400店舗近くあるメガネスーパー全店で本格展開すれば、即座に大手リラクゼーション・チェーンの一角に躍り出ることになる。
同じように、メガネスーパーでは目薬をはじめとして鎮痛剤やアレルギー薬などの一般用医薬品(OTC)の販売も一部店舗で始めている。既に第2類、3類のOTC医薬品を扱える登録販売者が社内に100人以上おり、実は星崎氏が同社の第1号資格取得者だという。メガネスーパーは検眼を含めて顧客の滞在時間は1時間に及ぶこともざら。眼の健康から入って、顧客のさまざまな悩みに応えようと、ビジネスの領域が広がるのは自然だ。眼に関する専門性と強い顧客接点を武器にドラッグストアの領域をも侵食し始めている。
競合のメガネチェーンが前年実績を下回ることが多いなかで、メガネスーパーは16年2月以降、直近の9月まで、既存店売上高が32カ月連続で100%を超え続けている。同時に積極的なM&Aで地方のメガネチェーンを続々傘下に収め、勢力を拡大。この快進撃は止まりそうにない。
(写真/高山 透)