僅か5年前。メガネスーパーは倒産寸前の境目をさまよっていた。そこに舞い降りた再生請負人が、星崎尚彦社長。就任後、3年足らずで8年連続赤字の最悪期を脱し、黒字転換を果たした。なぜ瀕死の会社はよみがえったのか。決してマジックではない、星崎氏が心血を注いだ現場改革の凄みを追った。

大赤字でも社員の危機感ゼロ メガネスーパーV字回復の現場改革(画像)
星崎尚彦(ほしざき・なおひこ)氏
メガネスーパー社長
1966年生まれの52歳。早稲田大学法学部卒業後、三井物産に入社。スイスIMDビジネススクールでMBA取得。三井物産を退社後、スイス「フラー・ジャコー」、イタリア「ブルーノマリ」、米国「バートン」の日本法人トップを務める。アパレルメーカーの「クレッジ」の経営再建では1年半でV字回復を達成。2013年6月、メガネスーパーの再建を任され、16年に同社9年ぶりの黒字化を果たす。17年11月、持ち株会社のビジョナリーホールディングスの社長に就任。18年には3期連続の黒字を実現。著書に『0秒経営 組織の機動力を限界まで高める「超高速PDCA」の回し方』(KADOKAWA刊)がある

 「今、不動産会社に賃貸契約の解除予告をしてきたから」

 メガネスーパーの社長就任からおよそ1年後、2014年6月に星崎尚彦氏は“禁じ手”を繰り出した。突然の解除予告をしたのは、大型のフラッグシップ店を含む不採算の40店舗余り。残された猶予期間は12月末までのたった半年、次の出店場所を見つけなければ本当に店はなくなる。想定外の社長の決断に、店舗開発スタッフや対象とされた店長たちは慌てふためき、同時に思った。

 「今度の社長は、本気だ……」

 これが、「危機感ゼロ」だったメガネスーパーの社員に火を付け、後の劇的なV字回復につながるブレークスルーの一幕だった。

 同社は、ピークとなった07年に店舗数が500店超、売上高も400億円近くを記録した。しかし、その後、レンズとフレームのセットで1万円以下という圧倒的な安値で攻勢をかけたJINS(ジンズ)やZoff(ゾフ)に押され、一気に劣勢に立たされた。投資ファンドのアドバンテッジパートナーズの下で経営改革が進められていた13年、“最後の再生請負人”として招請されたのが星崎氏だ。当時メガネスーパーは毎月2億円の赤字を垂れ流し続け、「翌年の決算で債務超過を脱しなければ上場廃止」(星崎氏)という瀕死の状態。そんなひどく短い時間軸の中での緊急登板だった。

 それまで宝飾業のフラー・ジャコージャパンや、アパレルのクレッジなど、いくつもの企業の立て直しを手掛けてきた星崎氏。メガネスーパーでまず取り組んだのは、日々の出血を止めることだ。至極当然のことのように聞こえるが、これが実に難しい。というのも、星崎氏がメガネスーパーに乗り込んだ当時、約9割の店舗が赤字だったにもかかわらず、社員の危機感はゼロ。「上に言われたことはちゃんとやっている」「まだ投資ファンドがいるから大丈夫」という“甘え”があった。家賃を月770万円も払っているのに月500万円の赤字。こんなアベコベな状態の店舗が放置され、星崎氏が移転を指示しても一向に次の出店先は決まらない。冒頭に紹介した突然の賃貸契約の解除予告は、そんな社内のゆるい雰囲気に業を煮やした星崎氏が実行した“劇薬”の1つにすぎない。星崎氏は、「メガネスーパーの憲法第一条は利益」と目的をシンプルに定め、そのための施策は、たとえ現状を否定するものでも「すべて是」であり、「赤字ある限り聖域なし」とした。

メガネスーパーは15年度に9年ぶりに営業黒字を記録。見事なV字回復を果たした
メガネスーパーは15年度に9年ぶりに営業黒字を記録。見事なV字回復を果たした