「この500万円で、買える分だけ売ってください」

 天領店の売り上げアップに心血を注いでいたある日、星崎氏の姿は人気ブランドのレイバンを扱う卸会社の会議室にあった。経営不振だったメガネスーパーは十分な量の品を仕入れられなかったため、天領店だけでもと直談判に訪れたのだ。都度前金払いであれば、卸会社に断る理由はない。そうしてレイバンの品数が豊富になることでも天領店の売り上げは積み増しされ、当時全国314店のうち天領店だけが前年比100%を超えた。「社内でえこひいきと言われようが関係ない。なりふり構わず6店舗を好転させることに集中した」(星崎氏)。その結果、まず天領店の周辺の店舗がそのノウハウをまねし始め、天領店自体も僅か1年で25店舗まで拡大。星崎氏の目論見通り、改革の芽は一気に全国に飛び火していった。

 その改革のスピードを加速するため、もう1つ星崎氏が行ったのが、有志を募って全国の店舗をめぐり、改善活動をするキャラバン(通称ホシキャラバン)だ。狙いは成功体験を超速で伝播させることと共に、現場スタッフとの距離感をゼロにすることにある。星崎氏は店舗に入ると、店舗の一人ひとりとミーティングを重ねる。社長が直接、誰よりも密にスタッフとコミュニケーションを取るから、社内の風通しは段違いに良くなる。これまでの経営陣に対する不信感が根強かったメガネスーパーにおいては、特に効果的だった。「全国300店あまりを毎年必ず1回訪れ、今は5巡目に入っている。ここ数年は、どんな演歌歌手よりも私のほうが全国を行脚しているはず」と星崎氏は事も無げに笑う。

 ただし、社長自ら全国を回りさえすれば誰もが胸襟を開くかというと、そうではない。情報は常に双方向であることがコミュニケーションの基本だ。星崎氏が「99%の情報開示」と言うように、メガネスーパーでは個人の給料以外、経営にまつわる数字も、経営判断に至る過程も、何もかもがすべてオープン。それゆえに社員との目線がしっかり合い、互いに必要な情報を引き出せる。

 象徴的なのが、メガネスーパー名物の本社会議だ。毎週月曜、朝7時30分から店舗の問題点や施策を話し合う「天領ミーティング」、9時15分から17時くらいまでは営業やMD(マーチャンダイジング)など全部門横断の「アクション会議」と、約10時間、ほぼぶっ通しで行われる。本部スタッフのみならず日本全国からも現場の社員が集まり、総勢200人余り。会議の模様はライブ配信されているから、社員誰もが情報を得られる。この本社会議には毎回、実に数百万円の費用を投じている。それを星崎氏は、月2億円の赤字局面でも断行してきた。「経営不振の会社はたいてい横のつながりが希薄で、視野が狭くなっている。全社コミュニケーションにかかる費用は、コストではなく絶対に必要な投資だ」と星崎氏は言う。

毎週月曜のアクション会議の模様
毎週月曜のアクション会議の模様
アクション会議の翌日、議事録が星崎氏の赤字コメント入りで全社員に配信される。「この爆弾メールさえ見れば、会社の状況は把握できる」(星崎氏)
アクション会議の翌日、議事録が星崎氏の赤字コメント入りで全社員に配信される。「この爆弾メールさえ見れば、会社の状況は把握できる」(星崎氏)

 会議を仕切るのは、星崎氏だ。各部門からの報告に対して、時には激しく、感情をあらわにして突っ込みを入れる。疑問点が残る課題はその日のうちにブラッシュアップして再プレゼンをする。逆に良い提案については全国の店舗で即日実行されることもしばしばで、すべてが社員の目の前で決まる。その圧倒的な臨場感と緊張感に社員の心は揺さぶられ、文字通り、経営が自分事化する。危機感ゼロだった社員たちの目の色は明らかに変わっていった。「会社はどれだけ緊張感を持続させるかが本当に命。利益はいくらでもあっていいので、やることは山ほどある。自分の金だと思って、ヒリヒリする感覚の中で利益を上げるために何ができるのか。一人ひとりが考え抜くこと、そのための仕掛けをつくることが重要」(星崎氏)という。

 ちなみに、この会議で星崎氏自身が率先して決断を下すことはない。すべては社員間の合議で経営判断が下され、星崎氏はそれを承認する形を取る。上から押し付けられるのではなく、社員自らがやるべきことを認識し、腹落ちしたプランなら、その後の実行力、スピードが格段に違うからだ。

 こうして“負けグセ”が付いていた社内の雰囲気は一変し、メガネスーパーは全社一丸で「戦う集団」に変わってきた。星崎氏は14年の秋ごろ、「風が自動的に回り始めるのを感じた」という。それまでは自分で団扇をあおぎ、自分でその風に乗ることの繰り返しだったが、社長就任から僅か1年半、潮目が変わった。その裏には、14年春に行ったもう1つの決断、安売りをやめて高付加価値化へと大きく舵を切った「アイケアカンパニー宣言」がある。後編では、メガネスーパーの劇的なV字回復を可能にしたビジネス戦略に迫る。

(写真/高山 透)

「メガネスーパーV字回復の軌跡」
星崎尚彦社長がxTREND EXPOに登壇
メガネスーパー社長の星崎尚彦氏
メガネスーパー社長の星崎尚彦氏
倒産寸前だったメガネスーパーに舞い降りた再生請負人、星崎尚彦社長。就任後、3年足らずで8年連続赤字の最悪期を脱し、黒字転換を果たした。なぜ瀕死の会社はよみがえったのか。星崎氏が心血を注いだ現場改革、「眼の健康」を売るアイケアカンパニーへのビジネスモデルの大転換など、劇的なV字回復の裏側を明かす。人を動かす力、自ら実行する覚悟、“常識”の壁を破る力…、経営のすべてを学べる。

日時 11月29日(水) 10:00~10:40
会場 東京国際フォーラム(東京・有楽町)
入場無料。申し込みはこちら