政府が推進する働き方改革のなかで再びスポットライトが当たる「テレワーク」は、本当に日本企業を強くする武器になるのかどうかを探る連載の最終回。余暇時間の増大や自宅周辺での消費拡大など、テレワーク普及によって生まれる新市場、ビジネスチャンスを考察する。

VR技術などの活用で、自宅にいても“社内コミュニケーション”が円滑にできるようになる?(写真/Shutterstock)
VR技術などの活用で、自宅にいても“社内コミュニケーション”が円滑にできるようになる?(写真/Shutterstock)

 最終回となる今回は、雇用型テレワークが今後、日本の企業に次々と取り入れられていくとすれば、どのようなビジネスの機会が生じ得るのかを考えてみよう。もしも新市場の多様なシーズが見えてくるのであれば、日本企業にとってプラスの外的効果を働き方改革はもたらす可能性もある。

 本連載の初回に述べた通り、雇用型テレワークには、①外回り営業などの「モバイル型」、②自宅で作業する「在宅型」、③企業や自治体などが用意したサテライトオフィスなどの施設を利用する「ワークセンター型」などが見られる。それぞれのタイプごとにどのようなニーズが新たに生じ得るのかを整理した(下表)。

 雇用型テレワークは、従来のヘッドオフィスでのワークスタイルに比べると、「時間軸」と「空間軸」共に仕事と生活がクロスする。言葉を換えれば、仕事と生活の境界が曖昧になる点に特徴がある。これまで職場とは考えられていなかったようなさまざまな生活シーン(空間軸)が働く場にもなれば、これまで勤務時間中と考えられていた昼間(時間軸)が生活の場にもなり得る。

 雇用型テレワークと共に導入されるケースが増えるであろう裁量労働制が広まれば、これまで職場では認められなかったような個人の生活、例えば子供の送り迎えや高齢者介護、あるいは余暇としての観劇やウインドーショッピングなどを、仕事の合間に自己裁量で行うことも公的に認められよう。このため、明確に区分するのは難しいが、先の表組みでは便宜上、テレワークに従事する人々にとっての「働く場としての需要」と「生活の場としての需要」という2つの側面から整理している。

 まずモバイル型に従事する営業職などにとっての働く場の需要を見てみると、郊外では車での移動が主となることが予想されるので、これに伴った空間を快適にするための自動車関連産業の消費が生じるだろう。一方、大都市圏では公共交通を利用するケースも多く見られるので、出先で短時間の仕事に向くようなカフェ、短時間貸しのオフィスといったサービス需要が見込めるかもしれない。こうしたカフェは、ノートパソコンやスマートフォン用に豊富な電源タップを備え、無料の高速Wi-Fiも利用可能なサービスを一層拡充することが必要だ。そして日本は海外に比べて、まだまだ公共交通機関やストリートでの無料の高速Wi-Fi敷設が遅れているので、早急の対応が期待される。

公共交通機関の無料の高速Wi‐Fi敷設が日本の課題だ(写真/Shutterstock)
公共交通機関の無料の高速Wi‐Fi敷設が日本の課題だ(写真/Shutterstock)

 また生活の場としての需要は、どうだろうか。郊外であればドライブスルー、大都市であればイートイン型の外食チェーンは増えるかもしれないが、画期的な新ニーズは期待できないかもしれない。というのは外回りの営業マンにとって、生活パターンそのものは従来と変わりそうもないからだ。ただし、短時間の余暇へのニーズについては、総じて増加が見込めるだろう。というのも、短時間の余暇需要は、後述する在宅型やワークセンター型にも共通するからだ。例えば、クイックマッサージのようなリラクゼーション、あるいは、これまで昼間の集客が難しかった観劇や映画館、ライブハウスなどの娯楽ニーズは総じて高まるかもしれない。これまで夜間や休祝日に行われたようなイベントは、平日も常態的に行うことで集客力を増す可能性もある。

 一方、在宅型に従事する人々には、どのような消費傾向が生じるだろうか。まず、働く場としての需要を見ると、住宅関連産業が挙げられる。とりわけ、子供がいる家庭で在宅勤務を行う場合、家族と切り離された空間が必要で、限られた面積のマンションでもパーテーションで室内を分割するなどの簡易なリフォームニーズなどが立ち上がる可能性はある。同時に、快適な空間を設計するためのオフィス家具、OA機器といった既存のマーケットも刺激されるかもしれない。

 重要なのは、高速なネットワーク環境である。これは、ワークセンター型でも同様のことが言える。ただし、ワークセンター型の働く場は、基本的に企業や自治体が借り受ける賃貸オフィスとなるので、主として利便性の高いマンション需要が高まることが考えられる。前回見たダンクソフトの例からも分かるように、あえて自然が豊かな地方にサテライトオフィスを設ける企業も増えるかもしれない。これはバブル時代にリゾートオフィスと呼ばれ、建設会社やデベロッパーなどが主に普及させようとした豪奢な箱ものとは異なり、現代のそれは古民家や廃校舎を有効利用するなどの工夫が見られ、あくまで企業と地域社会との共生という狙いから地方主導で取り組まれる傾向にある。こうして見ると、ワークセンター型は地方での衣食住の需要を刺激すると同時に、定住人口の減少に多少なりとも歯止めをかける可能性も秘めている。

 では、在宅型に従事する人々の生活の場での需要、つまり消費傾向はどのように変わるのだろうか。当然ながら働き手が自宅に滞留する時間が長くなるので、日常的な消費の多くがその周辺で行われるようになることは容易に想像できる。ただし、仕事と生活の場が自宅中心となるにつれて、地域の人々とのコミュニケーションや近隣との日常的な関わり合いにも在宅勤務者の目が向けられるようになる。

 例えば、地元のボランティア活動や近所付き合いにも多くの時間が割かれるようになるかもしれない。こうした変化は、これまでのコンビニエンスストアやスーパー一辺倒の消費から、地元の個人商店や商店街での消費に向かわせる可能性もある。郊外か、あるいは大都市かにかかわらず、これまで高齢者の姿しか見られなかった昼間の商店街に、働き盛りの年代が戻ってくるのである。一方で、自宅の滞留時間の増加によって宅配便の受け取りもしやすくなり、インターネット通販への依存度も高まるだろう。こうした消費動向の変化は、ワークセンター型でも生じるかもしれない。というのも、従来のヘッドオフィスから自宅近くに働く場所が移動するので、最寄り品の消費は自宅圏内で行うようになる可能性が高いからだ。例えば昼食は、自宅に帰って家族と一緒にとるなどである。

テレワークは、家庭に一家団欒を取り戻すチャンスかもしれない(写真/Shutterstock)
テレワークは、家庭に一家団欒を取り戻すチャンスかもしれない(写真/Shutterstock)

 ところで、これまで行われた国内外のテレワークに関する文献を見ると、例えば米国のアリス・ブレディン氏などがすでに90年代に指摘しているように、在宅勤務者はオーバーワークによる過労、独身者などの場合は外的世界から絶たれたり、場合によっては仕事と生活の切り替えがうまくできなかったりすることに起因するノイローゼにかかるといったように、メンタルヘルスを保つための工夫も重要である。このことは、他のテレワーク形態にも共通することかもしれないが、要は、これまでの集合オフィスでの働き方とは異なり、すべてセルフコントロールしながら自らルールを設計し、仕事と生活の時間・空間の配分を考えねばならないことに起因するといってよい。

 これは個人差もさることながら、一朝一夕には解決できない問題かもしれない。雇用型テレワークを導入する企業はあらかじめ従業員に対し、こうしたメンタル面での教育訓練を行う必要があろう。そこでは、教育トレーナーやカウンセラーなどへのニーズが高まるはずである。

 さらに、VR(仮想現実)技術を駆使することによって、あたかも個々の在宅勤務者が集合オフィスで共に働いているかのような体験をバーチャルに創出するツールが身近になれば、こうしたメンタル面のカバーが可能になるかもしれない。その際、五感に訴えかけるような相互コミュニケーションが容易になれば、前回まで見てきた「社内コミュニケーションの不和」を解消するツールとして有望視できるだろう。技術的には既に可能としても、あくまで企業がたやすく導入できるような廉価での商品化が期待される。

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