医療・防災×MaaSの可能性を探る対談の後編。熊本赤十字病院とトヨタ自動車九州が取り組むプリウスを活用した災害時の電源供給の試みや、今後の新たなMaaS、モビリティ領域との接点について話が及んだ。聞き手は、MaaSの社会実装を推進するMaaS Tech Japan代表取締役の日高洋祐氏。

熊本赤十字病院とトヨタ自動車九州はプリウスを活用して医療機器への給電実験を行った
熊本赤十字病院とトヨタ自動車九州はプリウスを活用して医療機器への給電実験を行った

座談会前編「率先避難を支援するアプリ開発 防災×MaaSの最先端」はこちら

MaaS Tech Japan 日高洋祐氏(以下、日高氏) トヨタ自動車九州は、熊本赤十字病院と一緒に取り組みをされているそうですが、具体的にはどのようなことをやっているのでしょうか。

トヨタ自動車九州 植野直亮氏(以下、植野氏) 熊本赤十字病院さんとは、2019年9月にJCoMaaSの会合で出会いました。その後、お話ししていく中で、「災害時は電源の確保に困ることが多い」ということが分かりました。そこで、クルマからどこでも誰でも電源が取れる仕組みを作れば災害時に貢献できるのではないか、ということで一緒に取り組みを始めています。

 実際に被災地では電源の確保に苦労することが多く、特に海外では発電機を日本から空輸し、現地でトラックを手配して被災地まで運ぶそうです。発電機の積み下ろしにクレーンが必要で、これも手配しなくてはならない。想像以上にご苦労されているんですね。それならば、海外でも比較的手に入れやすいプリウスから電気が取れれば、大変意義があるのではないかと考えました。

 プリウスの保有台数は、世界で見ると2000万台以上ありますから、ガソリンが入っている間はここから電源が取れるとなれば被災者の皆様に貢献できます。実は、現行型のプリウスには標準でコンセントがついており、「非常時給電モード」を備えています。ところが、以前はこれがオプション設定で、装着率もあまり高くありませんでした。そこで我々は、すでに世の中にあるプリウスを改造して電源を取れるようにするアプローチで取り組みを始めています。

トヨタ自動車九州 山口大介氏(以下、山口氏) 20年7月に熊本県人吉市で豪雨災害が発生しましたが、その際に熊本赤十字病院の曽篠恭裕さんから「電源が取れるクルマはないですか」という相談をいただき、1台手配して持っていきました。実際に現地に行ってみると、避難所となった体育館は停電していないにもかかわらず、電力が足りていないという状況でした。スポットクーラーを稼働させるのに、電力会社から来る電気だけでは足りず、ガソリン発電機を回していたんですね。ただ、発電機は非常にうるさいですし、3時間ごとに給油が必要ということで、現場はとても苦労していました。

 外から見ていると、「停電していないなら電気には困っていないだろう」と思ってしまいますが、実態は異なるわけです。そう考えると、今後は災害時に電気が足りなくて困っている人と、電気を出せる人をマッチングすることも重要になってくると考えています。

医療救護にも電力は欠かせない

熊本赤十字病院 宮田昭氏 まさに山口さんのおっしゃる通りで、現在は電気がないと動かないものがたくさんあり、電気のボリュームが足りているかは実際に避難所や難民キャンプを見てみないと分かりません。決して明かりがついているから大丈夫、というわけではないのです。

 もう1つ、電気のクオリティーの問題もあると思っています。単純に明かりをつけるだけの電気なのか、それとも微細な電流によって影響を受ける機器を使うのかで、必要な電気の質は変わってきます。例えば、医療機器を使うには、非常に良質な電気が必要になってきます。我々は以前、人工呼吸器を付けた患者さんを新幹線で九州から東京まで運ぶケースを想定して研究をしたことがあります。そのとき、JR九州とJR西日本、JR東海の管内を通過するわけですが、それぞれの間には電力の継ぎ目があり、サージ(電圧や電流の急変)が出るんですね。このため、医療機器への影響を避けるために、発電機から医療用UPS(無停電電源装置)を経由させた電流を医療機器に供給する実験を行いました。

 これを踏まえて、電気の量と質、その両方を災害時にいかに確保するかを、我々はトヨタ自動車九州さんの協力で研究を進めているところです。先ほどガソリン発電機の話が出ましたが、状況によっては発電機を一晩中回しっぱなしで使わざるを得ない場合もあります。すると避難環境がかなり悪化してしまうので、大きな騒音を出さずに電力供給できるのも、プリウスを活用する大きなメリットだと感じています。

日高氏 大規模災害時には多数の車両が必要になると思いますが、どこからクルマを調達するお考えでしょうか。

植野氏 やはり、まずは自治体ですね。災害は「起きてみないと分からない」という面がありますから、単体の事業として成立させるのは非常に難しいと思います。一方で、トヨタグループで考えると、我々はレンタカー事業もやっていますので、そういうところにプリウスから電源が取れる装置を常備しておくのも大切だと考えています。

山口氏 各自治体には防災拠点というものがあり、1つの市に10カ所とか20カ所とか設置されています。そのすべてに発電機を置くとなると、かなり大きな費用負担になります。それが、クルマであれば必要な場所に移動できますから、例えば1つの地域で5台もあれば、すべての防災拠点をカバーできるかもしれません。

 さらに自治体同士で協定を結べば、どこかの自治体で大規模停電が起きたときに、近隣自治体のクルマで支援に向かうことも考えられます。これは理想論に近い話ですが、将来的にはこのような仕組み作りを目指していきたいですね。

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