カーシェア、鉄道、バス、タクシーなど、さまざまな交通・移動手段を統合して次世代の交通を生み出す「MaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)」。MaaS実現の先にある未来を他産業の専門家と探る本連載の第4回。今回は、位置情報ゲームやリアルイベントとMaaSが融合することでどんな未来が訪れるのか探る。

モビリティ革命「MaaS」がもたらす社会的インパクトは移動にまつわるものだけではない。あらゆるモビリティのモードを超えてシームレスな移動を提供するMaaSの実現に至る過程やその先には、他産業のビジネスモデルと連携しながら、まちづくりの在り方が大きく変わり、人々の暮らしがダイナミックに刷新されていく可能性を秘める。
本連載で紹介した 「街の空き駐車場に植物工場が大増殖? MaaSで新たな商機」に続き、今回は「Pokémon GO」や「Ingress」といった位置情報ゲーム、リアルイベントとMaaSの接着点を探る。話を聞いたのは、『新世紀エヴァンゲリオン』などで知られる庵野秀明氏が代表を務めるカラーと、「ニコニコ動画」やリアルイベント「ニコニコ超会議」を運営するドワンゴの共同出資で2018年2月に設立された新会社、バカー(東京・中央)の斉藤大地社長。斉藤氏はドワンゴ時代にニコニコ超会議の企画運営などに携わり、現在はインディーゲームを中心とする個人のコンテンツ開発支援を手掛ける。ゲーム、イベント分野に造詣の深い同氏は、「本来エンターテインメントが持つ可能性は、MaaSがなかったことで狭められている」と語った。その真意とは?
鉄道やバス、タクシーに加え、カーシェアやライドシェアなどのあらゆる交通・移動手段を統合し、スマホアプリを介した一括予約・決済を可能にするサービス。クルマを所有するより割安に、かつ同等以上の移動の利便性を得られる。地方の交通弱者対策、渋滞解消などの社会課題の解決にも役立つ。
①移動のパーソナライズ化
→ 個々人のニーズに合わせた移動手段をアレンジ、新たな移動需要の創出が可能に
②交通の最適化・サブスクリプション化
→ モビリティの移動を統合的に制御する仕組みの登場
→ 「乗り放題定額パッケージ」の出現で、交通以外のビジネスとのワンパッケージ化が容易に
③都市空間・立地の再定義
→ カーシェアやライドシェアの普及で駐車場が消滅、空きスペースの有効活用が課題に
→ 交通体系の再構築で、立地によらないビジネスが可能に

MaaSが「位置ゲー」を進化させる
(以下、バカーの斉藤大地氏談)
今回は、特に専門的な何かというよりも、エンタメの現場にいればおそらくかなりの人が思っているであろうことをMaaSという概念に沿って説明したいと思います。
まず、ゲーム分野とMaaSの親和性の高さを考えると、すぐに思い当たるのが位置情報を活用したモバイルゲーム(位置情報ゲーム)です。
位置情報ゲームの歴史を簡単に振り返ると、日本で元祖として知られる「コロニーな生活(コロプラ)」が2003年に登場して、ガラケー時代に一世を風靡しました。その10年後の13年には、米ナイアンティックがスマートフォン向けに開発した「Ingress(イングレス)」が正式運用を開始(日本語対応は15年)。そして、Ingressをベースにナイアンティックとポケモンが開発した「Pokémon GO(ポケモン ゴー)」が16年にリリースされるや、世界的な社会現象を巻き起こしたのは、記憶に新しいところです。
このエポックメーキングな3作品のゲーム要素をざっくり捉えると、コロプラやPokémon GOは基本的に個人プレーが主体で、ある地点に移動して“チェックイン”することで何らかの報酬を得るという「点」のゲーム。コロプラなら1km以上移動して位置登録をすると「プラ」(ゲーム内仮想通貨)が手に入り、それを使って仮想のスペースコロニーを発展させられる。また、Pokémon GOでは、AR(拡張現実)を使って現実世界にポケモンを出現させて、それをコレクションする楽しみがあります。
それに対して、Ingressはチームプレーで陣取り合戦をする「面」のゲーム。プレーヤーはエンライテンド(緑)、レジスタンス(青)という2つの勢力のどちらかに所属し、世界各地に存在する「ポータル」を自勢力にして三角形を描くと、その内側が自陣になる。チームプレーによって自分が知らないところに行く必要が出てくるなど、ゲームに社会性を組み込んだ点は位置情報ゲームとしての1つの進化だったと思います。
しかし、これらの位置情報ゲームはまだ、プレーヤー一人ひとりの移動経路を制御したり、都市レイヤーで交通をコントロールしたりし、それをゲーム展開に反映することまではできていません。そのため、例えばPokémon GOで上野恩賜公園にレアキャラが出ると、一気に1000人以上の人が集中したりして現場が大混乱してしまう。ゲーム運営者側から見れば、大規模な動員が発生しそうな仕掛けに対して、リミッターをかけざるを得ない状態なのだと思います。
これは、ニコニコ超会議のようなリアルイベントでも同じ。想定以上の動員があって、交通機関が大混雑してしまうことはよくあります。そこでブレーキをかけるのではなく、逆にゲーム運営側がアクセルを踏める状態に変えられるのが、実はMaaSとの融合のメリットだと思います。
MaaSは、あらゆる交通手段を統合的に制御することで混雑を解消しつつ、個々人のニーズに合わせた移動ルートをアレンジすることも可能にします。Pokémon GOの例で言えば、ある場所にスーパーレアキャラを出して日本中から人が集まろうとするときに、ある程度モビリティ側の制御で過度な集中を抑えられるかもしれない。運営が推奨する交通ルートを使って指定の時間に行ったら、さらにレアキャラがもらえるなど、ポジティブなメリットを提示すれば、ゲームの楽しみをそがずに移動をコントロールすることもできるはずです。ポケモンのようなメガヒットコンテンツなら本来、何万人もの人を動員する力はあるはずで、そのポテンシャルをMaaSが解放するということです。
また、街中でのゲリライベントもやりやすくなります。現状は警察署に届け出て周到に規制をかけてやっていますが、MaaSが浸透していれば、その時間だけ迂回ルートを通ってもらうなど、モビリティと人の動きを同時に制御できるでしょう。例えばハロウィーンの時期に大混雑する東京・渋谷駅周辺はインバウンドでも最注目の場所ですから、特定の時期にかかわらず、たとえ30分でも安全にイベントが打てるとなったら、とてもエキサイティングな“神”会場になると思います。
2020年の東京五輪でも、都内の道路を使って何か面白いパレードを仕掛けたいというイベント事業者はたくさんいると思うのですが、すぐに沿道封鎖はどうするかといった問題にぶつかります。それをMaaSの仕組みが解決してくれる。そこまでの“インフラ”にMaaSがなると、街を丸ごとエンタメ施設のように使えます。人が本当に楽しめる空間を都市にたくさん生み出せるので、移動需要をものすごく増やせると思います。

ニコニコ超会議のような大規模リアルイベントでも、MaaSのメリットは絶大です。こうしたイベントの課題は、現状、交通インフラに“タダ乗り”してしまっていること。最寄り駅が大混雑しても、それを必死でさばくのは鉄道会社の駅員さんです。これを続けると、交通事業者のコスト負担も無視できませんし、イベントの参加者の満足度も下がります。
そこでMaaSの出番。例えば東京ビッグサイトでイベントをやる際は、最寄りのりんかい線の国際展示場駅や、ゆりかもめの国際展示場正門駅ではなく、1、2駅前で降りてシェアサイクルで来場すると優先入場できるなどの工夫をすれば、新しい動員コントロールが可能になると思います。
イベント事業者が推奨のMaaSアプリなどを指定しておけば、多くの参加者はそれを使って経路検索をし、来場するはず。そのデータをイベント事業者が把握していれば、何時にどの駅に何人が到着するかが分かるわけで、先回りして動員人数をシミュレーションしたり、誘導するルートを変えたり、危機的な混雑を回避する方向で柔軟に対応できるでしょう。これを楽しい方向に振ると、例えば人気アニメ作品のイベントがあったとして、この電車にこのタイミングで乗っている人はほぼアニメファンということだって分かる。ならば、途中で電車が通過する河原や駅に声優さんを集めて、電車に向かって手を振るといったサプライズ演出も用意できるのです(笑)。

このように位置情報ゲームだけではなく、リアルイベントの事業者とMaaSの親和性も非常に高いものがあります。鉄道などモビリティ側のMaaS事業者にとっても、相互送客や混雑回避ができるので良い関係を築けるでしょう。
また、もう1つ組みやすいのが、幕張メッセや東京ビッグサイト、東京ドームなど、物理的な“箱”を持っているイベント会場の運営事業者。MaaSアプリを使って来場すると会場での飲食が割引になるなど、インセンティブも設定しやすいですから。彼らが毎日のイベント情報をMaaS事業者に提供し、必要であれば個々のイベント事業者との連携をアレンジする。会場や周辺の混乱を避けるために、MaaS事業者とのコラボをイベント実施の条件とするところすら、出てくるかもしれません。
(後編に続く)
(写真/高山 透)
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