2022年は2年ぶりにリアルの会場で開催されたテクノロジー見本市「CES」。トピックの1つが「クルマ」だ。ソニーや韓国LGエレクトロニクスが発表した電気自動車や完全自動運転車から、非・自動車メーカーが作る次世代モビリティーの姿が見えてきた。前刀禎明氏が考える「クルマの未来」とは?

2022年のCESではソニー、LGエレクトロニクスなどの非・自動車メーカーが次世代モビリティーを発表した。写真はソニーのSUVの試作車「VISION-S 02」(写真/ソニー)
2022年のCESではソニー、LGエレクトロニクスなどの非・自動車メーカーが次世代モビリティーを発表した。写真はソニーのSUVの試作車「VISION-S 02」(写真/ソニー)
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 2022年1月5~7日に米国ラスベガスで開催されたCESは、自動車が目玉でした。会期前日のイベントでは、ソニーが電気自動車(EV)の事業会社を設立すると発表し、SUVの試作車「VISION-S 02」を初公開しました。2年前(20年)のCESで披露したセダン「VISION-S」のSUV版で、従来の自動車では計器やダッシュボードがある辺りを横長のディスプレーにしているのが特徴的でした。

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「VISION-S 02」は、従来の自動車では計器やダッシュボードがあるあたりに横長のディスプレーを配する(写真/ソニー)
「VISION-S 02」は、従来の自動車では計器やダッシュボードがあるあたりに横長のディスプレーを配する(写真/ソニー)
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 韓国LGエレクトロニクスは自動運転車のコンセプトモデル「LG OMNIPOD(オムニポッド)」を発表しました。ワンボックスタイプの車内をリビングのように使って、自動運転中にくつろいで映画を見たり、仕事をしたりできるというもの。車内でフィットネスをするイメージも公開されて話題になりました。

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LGエレクトロニクスが発表した自動運転車のコンセプトモデル「LG OMNIPOD」。外観はワンボックスカー風(写真/LGエレクトロニクス)
LGエレクトロニクスが発表した自動運転車のコンセプトモデル「LG OMNIPOD」。外観はワンボックスカー風(写真/LGエレクトロニクス)
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内部の空間には複数のディスプレーが備え付けられており、映像などのコンテンツを表示できる。トレーナーを映してエクササイズをすることも可能(写真/LGエレクトロニクス)
内部の空間には複数のディスプレーが備え付けられており、映像などのコンテンツを表示できる。トレーナーを映してエクササイズをすることも可能(写真/LGエレクトロニクス)
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 米アップルは通例通り、外部イベントであるCESには出展しませんでしたが、21年11月には、同社が完全自動運転のEVを25年にも発売すると報道されました。こうした非・自動車メーカーから次世代のクルマが投入される未来がいよいよ迫っているようで、とても楽しみにしています。

 一昔前なら「自動車メーカーでもない会社が手掛けるEVなんて」という声が上がりそうですが、いまやほとんどないのが面白いなと思います。米テスラや(同社CEOの)イーロン・マスクの功績がいかに大きいかということでしょう。

クルマか移動空間かに振り切れ

 僕が強く思うのは、これから出てくるLG OMNIPODのような次世代製品のことは、「クルマ」「自動車」と呼ぶべきではないということです。せっかく新しいプレーヤーが参入するのに、これまでの自動車の延長線上で企画・開発したのでは、どっちつかずのつまらないものが出来上がりそうです。

 「どっちつかず」としたのは、僕は今後、自動車は二極化して進化するだろうと考えているからです。運転や走りを楽しむ人のためのレガシーなクルマと、人が何もしなくても動く完全自動運転車。後者は「クルマ」というよりも動くプライベート空間といったほうがいいでしょう。これは僕の予想であり希望でもあります。自動車を運転するのが好きだから、その楽しみがあるクルマは残ってほしい。一方で、好きな場所に移動させられるプライベート空間も面白そうです。

 そして、後者は、これまでのクルマの概念とは大きく異なります。だからこそ、「クルマ」「自動車」といった呼び方に引きずられないで、革新的、画期的な発明にしてほしいと考えているのです。

 実際、近年は自動車メーカーを中心に、自動車を「モビリティー」と呼び変えるところが出てきています。ただ、動くプライベート空間のようなコンセプトの次世代製品をそう呼んでしまうと、既に市場に出回っているものと区別がつきません。できればもっと洗練された言葉が出てくるといいですね。

 こんな話をしていると、「運転の楽しみとプライベート空間としての楽しみ、両方を満たす自動車がいいのではないか」という意見があると思います。特に日本は多機能が好き。1台で様々なニーズに応えたいと思いがちです。ただ、僕は多様化するニーズを1台で総取りするような考え方はすべきでないと思っています。

 なぜなら、運転するときは、運転の助けになる情報が欲しい。それ以外の情報は入ってこないほうが安全です。逆に、立ったり座ったり寝転がったりするスペースを豊かに取って、ディスプレーやちょっとした家具もおいて、というように空間の快適性を求めるなら、走りの楽しさを追求するのは難しいでしょう。

 クルマを自分で動かして楽しみたいというニーズと、移動するプライベート空間で豊かな時間を過ごしたいというニーズは、同時には満たせない。どちらもそこそこ満たした製品ができたとしても、すごく中途半端で、ちぐはぐなものになってしまうと思います。

新たな発想で五感に訴求する移動空間を

 近年はアウトドアブームを背景に、キャンピングカーや、荷室で寝られるようなバンやワゴンが人気で、そうしたところからも、“移動する空間”へのニーズの高まりを感じます。

 いつでもどこでも寝られる、仕事ができる、映画が見られる、エクササイズができる。そんな「いつでもどこでも」を可能にする移動空間が生まれたら、これまで自動車とは無縁だった人からも求められるようになる。そんな製品が普及すれば、人々の暮らし方も働き方も家や移動の概念も大きく変わります。

 運転の責務から解き放たれたプライベートな空間なので、これまで以上に五感に訴求することもできそうです。僕らは今、視覚に頼ることが圧倒的に多い生活ですが、こうした空間では、今の4D対応の映画館以上のクオリティーでサラウンドや振動、さらには香りなんかも盛り込んだコンテンツを堪能できるはずですし、両手が空きますから移動しながらナイフとフォークを使って食事を楽しむこともできるでしょう。

「自動車という発想にとらわれるべきではない」という前刀禎明氏
「自動車という発想にとらわれるべきではない」という前刀禎明氏
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 ユーザーを筐体が覆うという意味では、密着しないウエアラブル機器ともいえます。壁も天井も床もディスプレーにできるし、空中投影ディスプレーと組み合わせたりもできる。メタバースやVR、ARの様々なコンテンツを臨場感たっぷりに楽しめるようになるのではないでしょうか。南の島の温度、湿度、潮風、潮の匂い、波の音、波打ち際の風景などを室内に再現すれば、自宅から徒歩1分の距離でワーケーションなんて使い方もできるかもしれません。

 繰り返しになりますが、大事なことは今ある自動車を改良する発想にはしないこと。目的に沿って新しく発想することです。

 小売店舗の決済システムを例にとると分かりやすいでしょうか。ずいぶん前にこの連載で米アマゾン・ドット・コムの「Amazon Go」をはじめとした無人店舗の話を取り上げたことがあります。

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 最近はコンビニで無人レジを採用しているところが増えました。コロナ禍においては店員との接触を減らせますし、今のところ有人レジより空いていたりして客にとっても多少は便利です。ただ、買い物体験が劇的に快適になった、楽しくなったとはいえません。基本的には、店員がしていたレジ処理を客が代替しているだけだからです。

 このような無人レジを導入した店舗とAmazon Goの間には大きな隔たりがあります。Amazon Goも無人ですが、レジなんかありません。客が棚から欲しい商品を手に取ってそのまま店を出て行く。代金はユーザーのアマゾン・アカウントに自動課金されます。「客が商品を手に入れる」「店への支払いをする」――この2つをどう快適に満たすのかを考えれば、レジは要らないというのがAmazon Goの発想。対するコンビニの例は、従来の形、今あるものにとらわれたままだから、無人レジを作ることになってしまう。人間に代わってハンコをつくロボットと似た発想で、感心しません。

 移動空間に関してはそうなってほしくないですね。「インパネが未来的になったよ」と言っていてはいけない。目的に対してどんな機能、要素が必要かと考えていって、「そういえばインパネもないね、要らないものね」という流れになるべきです。

運転好きが喜ぶ「未来のクルマ」も欲しい

 一方、クルマらしいクルマの方は、自動車の運転を好きな人が高齢になっても運転を続けられるようなサポート機能を充実させてほしいですね。本当は高齢の人ほど運転をしたほうが脳のトレーニングにもなるでしょうが、今は運転でしくじった場合の結果があまりに重大、深刻なことになってしまうので、そうもいかない。早めに免許を返納して運転をやめなければという風潮になっています。

 だったら、ドライバーの失敗をカバーする機能を十分に持たせたクルマになればいい。もちろん、運転が上手な人が運転するときも、運転の楽しさを拡張するものであってほしい。それもまた、人を幸せにする未来のクルマです。

 余談ですが、これまで「未来のクルマ」として各社から提示されてきた画像や試作品は、ほとんどがフロントガラスとボンネットの間に角度がなく、つるんとシームレスになっていて、車両全体が流線形だったり、卵みたいな形だったりしますが、その「未来」感がもう古いと思いませんか。

 クルマが好きな人の好きな形を追い求めたら、ノーズが長いかもしれない、もっと角張っているかもしれない、あるいは逆に漫画「Dr.スランプ」で描かれた車のように、こんもりと山のように高く盛り上がったルーフもアリかもしれない。少なくとも猫もしゃくしも流線形にはならないはずなんですよ。メーカーにはぜひ固定観念にとらわれずに、誰のどんな要求を満たす製品にしたいのか、目的を常に意識しながら作ってほしいなと思います。

プラットフォーマーにならなくてもチャンスはある

 今後の自動車業界の話題というと、グーグルやアップル、アマゾンの参入や車載OSの覇権争いなど、プラットフォーマーに話題が集中していますが、僕は車体外装やタイヤなども進化の余地があって、これから楽しみな領域だと思っています。

 例えば、ドイツBMWがCESで披露した、車体の色がまたたく間に変わるコンセプトカー「iXフロー」は面白かったですね。外装全面に電子インク技術を採用していて、スマートフォンの操作で電気信号を送って、表示する色や模様を変えられます。気分に合わせられるし、車内温度の調節にも使えるし、これは夢が広がります。日差しでクルマが熱くなりやすい夏は白に、冬は黒になんてこともできるわけです。

BMWが発表した「BMWiX Flow」。Eインク搭載で外装の色が変えられる(映像/BMW)

 他方、タイヤは進化が待望される分野だと思います。先日、都内に雪が降り積もった日、レインボーブリッジでノーマルタイヤのトラックが横転しました。スタッドレスタイヤに交換したりチェーンを装着したりしなくても、ボタン一つでタイヤ表面の摩擦係数を変えられるような画期的な解決策が欲しいですよね。

 モビリティーをアップルが作ろうとテスラが作ろうと、今のところタイヤは必要ですから、次世代モビリティーの登場で市場が拡大するタイミングが来るはず。こうした部品メーカーこそ、チャンスだと思ってぜひ果敢なチャレンジをしてほしい。イノベーションに期待しています。

(構成/赤坂麻実)