米フェイスブックは2021年10月28日(米国時間)、社名を「Meta(メタ)」に変更した。VR(仮想現実)空間でユーザー同士がつながる「メタバース」の実現に向けた取り組みを加速する。この裏には、「GAFA」と呼ばれる4社の中でもフェイスブックが出遅れていた“生活密着”と“ビジネス需要”を強化する狙いがあると、前刀禎明氏は見る。
米フェイスブックの社名が「Meta」に変わりました。Facebookへの投稿の扱いなどを巡り、批判が高まる中、ブランドイメージを刷新するのが狙いではといった見方もありますが、サービスの多角化を目指す中での方向転換ではないかと僕は見ています。
それというのも、同社では社名変更の少し前からメタバースを意識した取り組みを立て続けに打ち出しています。2021年8月に、VR(仮想現実)端末を通じて使えるワークスペース「Horizon Workrooms(ホライズン・ワークルーム)」を発表。9月には、初のスマートグラス「Ray-Ban Stories(レイバン・ストーリーズ)」の販売を開始。社名変更直後の10月29日には、「Oculus Quest(オキュラス・クエスト)」向けのVRフィットネスゲーム「Supernatural(スーパーナチュラル)」を手掛ける米ウィズインを買収することで合意したと発表しました。また、VRなどの技術を活用したメタバース構想を加速するため、技術者を中心に今後5年間に欧州で1万人を雇用する方針も明らかにしています。
これらを眺めていると、Metaが目指すものが見えてくるように思います。それは、GAFAと呼ばれる4大企業の中で、Metaだけが出遅れていた要素。“生活密着”と“ビジネス需要”です。
スマートグラスで生活に入り込む
例えば、先に挙げたRay-Ban Stories。米国などで発売されるやネットを中心に話題になりました。メガネやサングラスの人気ブランド「Ray-Ban(レイバン)」で知られるフランスEssilorLuxottica(エシロール・ルクソティカ)と共同開発したもので、写真や動画の撮影とSNSでのシェア、音声通話や音楽再生の機能を備えています。
14年にオキュラスを買収し、Oculus QuestシリーズなどのVRヘッドセットを出してはいるものの、Metaはサービスの会社。それがスマートグラスという新たなデバイスを手掛けるのはチャレンジです。
それでもやるのは、ユーザーの生活により密着することを目指しているからではないでしょうか。僕は以前、米アマゾン・ドット・コムの強みの一つは「超がつく生活密着のサービスだ」と言いました。アマゾンは書籍から始まり、今やデジタル機器や日用品、食品まで、生活に必要なあらゆるものを提供しています。米グーグルもそう。こちらはネット上のあらゆるサービスを提供して、人々の生活に入り込むことに成功しました。米アップルは近年、パソコンやスマートフォンなど個人で使うデバイスから、テレビやスピーカーなど家族で使うデバイスへと守備範囲を広げています。
そう考えると、“生活密着”はMetaだけが後れを取っている部分と言える。スマートグラスで、FacebookやInstagramなど自社SNSの使い勝手を向上する、機能を拡張することによって、生活シーンへ入り込んでいく考えなのではないでしょうか。
機能を絞ったのは正解
遅れを取り戻すのに、レイバンと組んだのはいい戦法だと思います。電気自動車メーカーの米テスラが、初期はスポーツカー開発製造の老舗、英ロータス・カーズの協力の下で製品開発をしていたのと同様のやり方ですね。新しい分野に参入するとき、既に知見やノウハウを持っている企業と手を組むことで、一から自前で開発するよりも早期に開発完了にこぎ着けることができる。手堅く“時間を買った”という印象です。
品質も、全てを自社開発する場合よりも高いはずです。メガネは人間の顔に触れるデバイスなので、着け心地や使い勝手がとても重要。どうすると痛みや違和感を減らせて、長時間の使用に堪える製品になるのか、専業メーカーの技術がものをいう部分でしょう。逆に、どんなに高性能でも着け心地や使い勝手が悪かったら、人はそのデバイスを手に取らないし、買ってしまったとしても使わなくなっていくものだと思います。
機能面では、写真や動画の撮影と共有、通話、音楽の再生に重きを置いているようです。これを物足りないと感じる人もいるかもしれませんが、僕は機能を絞り込んだのは正解だと思います。
スマートグラスの市場は黎明(れいめい)期で、Metaにとっても今回が第1弾製品。当然、ユーザーのほとんどがスマートグラスに不慣れです。そこにいきなり、多機能で操作が複雑なデバイスを売り出しても、ユーザーは使いこなせない。そのような製品は端的に言って「嫌になる」。これではヒットは見込めません。最初の製品はシンプルな機能、シンプルなユーザーインターフェース(UI)であるべきなんです。機能を追加するのは、ユーザーがスマートグラスに慣れてからで十分です。
大切なのは、この製品が何をするためのものか、きちんと定義してマーケティングしていくことです。例えば、この製品を情報表示端末として見れば、かなり物足りないですよね。写真や動画の撮影と共有、通話、音声再生くらいしかできないのですから。しかし、ハンズフリーのカメラ端末、音声通話端末として訴求するなら、一定の魅力は伝わりそうです。マーケティング次第で、人々がその製品に押し当てる物差しは変わってくるので、マーケターの腕の見せどころとも言えます。
僕が思うに、スマートグラスはなんといってもハンズフリーが強み。例えば、Ray-Ban Storiesをかけた状態で、子どもを両手で高く抱き上げれば、その子が喜んで笑う姿を正面から動画撮影しておけますよね。「GoPro」などの他のウエアラブルなカメラ機器でも同様の撮影が可能ですが、メガネ型なら装着に手間がかからないし、着け方で迷うこともまずなさそうです。また、音声で静止画や動画の撮影を指示できる点も便利です。
発表されたばかりのウィズイン買収も、生活密着という観点で語れそうです。コロナ禍で外出機会が減り、運動不足の人も多い中、自宅でできるフィットネスは需要が高まっている分野。VRフィットネスゲームも、ユーザーの生活に定着すれば、毎日使用するものになり得ます。Oculus Questを生活に欠かせないデバイスに押し上げる可能性を秘めています。
VR用ワークルームは創造性向上につながるか
もう一つの要素、ビジネス需要に応えるのが、VRワークルームのHorizon Workroomsでしょう。「Oculus Quest 2」を利用し、ユーザーがアバターを作って、会議やセミナーを開催したり参加したりできるというもので、オープンベータ版が公開されました。
自分が普段使っているパソコンやキーボードをMR(複合現実)技術で表現して、VR空間でも使えるということで、会議ツールとしてだけでなく、仮想オフィスとして使っている人もいるのだとか。米ズーム・ビデオ・コミュニケーションズとタッグを組んで、22年上期にはZoomの会議機能やホワイトボード機能をHorizon Workrooms内で使えるようにするとも発表しています。
これらの狙いは、ビジネス需要の取り込みだと思います。北米のビジネスパーソンの間では、プライベート向けにはFacebook、ビジネス向けにはLinkedInといったSNSの使い分けが一般的。BtoBサービスはMetaにとって弱い領域であり、伸びしろのある領域でもあるのでしょう。
評価できるのは、それぞれ離れた場所から会議に参加したメンバーが、一つの仮想ホワイトボードにアイデアをどんどん書き込むなどして、創造性を刺激できそうなところです。映画『アイアンマン』で描かれたようなホログラフィー技術や空中ディスプレーを早く実装してほしいものですね。宙に浮かんだホログラムをさまざまな角度からのぞき込んだり、手で触れて直感的に操作したりできるようになれば、アイデアを練るのも、それをチームで共有するのも、大いにはかどりそうです。
実は僕もHorizon Workroomsを試してみたのですが、予想よりも快適。当初は「昔の水中メガネみたいに大きく、しかも重いVRヘッドセットを着けっぱなしでいるのは無理があるのでは?」と思っていたのですが、実際はヘッドセットを着けている煩わしさよりも好奇心が上回りました。長時間はつらいかもしれませんが、時間を絞ってミーティングするのにはよさそうです。VR空間内のリゾートのサンルームでワーケーションなんていいかもしれません。
また、シェアオフィスやカフェでノートパソコンやタブレット端末を使う場合と違って、周りの人に画面が見える心配がないので、機密性の高いツールと言えるでしょうね。
もちろん、アプリにはまだまだ工夫が必要です。アバター同士が会議室に集って、ほら一緒にいますよ、という演出だけではつまらない。アバター同士の距離に応じて声の聞こえ方が変わって、複数人で集まっていても隣の人ともこっそり話せるとか、まるでリアルの会議室で一緒に議論しているようなハイレベルな一体感を得られるようにしてほしいと思います。
生活密着やビジネス需要の取り込みによってMetaのビジネスの在り方がどう変わるのか。社名変更にとどまらない変化に期待したいところです。
(構成/赤坂麻実、写真提供/Meta)