2020年末から、米アップルが自動運転の電気自動車(EV)「Apple Car」を開発中だという報道が盛んになってきた。米グーグルの自動運転車開発部門から生まれた米アルファベット傘下のウェイモや、米アマゾン・ドット・コムが買収したズークスも自動運転の電気自動車を開発している。米国のプラットフォーマーが自動車の世界でも台頭する時代が来るのか。プラットフォーマーになれない企業はどう戦えるのか。かつてアップル米国本社副社長を務めた前刀禎明氏が展望する。

アップルストアで自動車を売る日も遠くないかも?(写真/Shutterstock)
アップルストアで自動車を売る日も遠くないかも?(写真/Shutterstock)

 2020年末から、米アップルが自動運転の電気自動車(EV)「Apple Car」を開発中だという報道が盛んになってきました。ウェイモや、米アマゾン・ドット・コムが買収したズークスも自動運転の電気自動車を開発しています。米国のプラットフォーマーが自動車の世界でも台頭する時代が来るのかもしれません。今回はそうした新しい自動車が走る時代に思いをはせ、プラットフォーマーになれない企業はどう戦えるのか、考えてみたいと思います。

生活に溶け込んでいる強み

 Apple Car開発のニュース、僕は驚きや衝撃というより「(来るべきものが)来た来た」という感覚で受け止めました。アップルは近年、パソコンやスマートフォンなど個人で使うデバイスから、テレビやスピーカーなど家族で使うデバイスへと守備範囲を広げていました。リビングの次に、動くリビングともいえる自動車をターゲットにするのは自然な流れです。

 アップルやグーグル(系列)の自動車が市場に与えるインパクトは相当なものになるでしょうね。両社の製品系列には、スマートフォンやスマートスピーカーなど、既にユーザーの日常生活の一部になったデバイスがあるからです。慣れ親しんだユーザー・インターフェース(UI)が自動車にも装備され、他のデバイスと連携するなら、他社製品にない価値を生みます。

 加えて、アップルにはブランドに対する信頼がある。何かいいもの、かっこいいものを作ってくるに違いないという信頼と期待を寄せる人が大勢います。同社の新製品は発表されるや、予約が殺到します。最近なら、20年12月に発表されたヘッドホン「AirPods Max」が象徴的。ブランドのファンは、発売後の評価やユーザーレビューを参考にするといった“様子見”をせずに、7万円弱のヘッドホンを予約注文します。これは、グーグルにもないアップルだけの特長かもしれません。

 アップルが作る自動車なら当然、同社のOSを採用するはずで、OSのアップデートで車載システムを更新できるようになる。自動車は頻繁に買い替えるものではないので、これはありがたいことでしょう。ネットにつながらない時代の純正カーナビなんて、すぐに地図が古くなったりしたものです。

 スマートウォッチの世界出荷台数でアップルは約4分の1を占めて首位だそうですが、Apple Watchと自動車の連動にも期待できそうです。Apple Watchをスマートキーとして使えればセキュリティーはより堅固になるし、運転中もApple Watchで心拍数や血中酸素濃度をモニターして、ドライバーが眠そう、調子が悪そうといった兆候があれば自動車側から警報を発することもできる。

 今あるデバイスがどんなバリューを持っているか一つひとつブレークダウンしてみると、自動車と組み合わせたときにどんな機能を装備できそうか見えてきます。アップルは僕らがそうして期待する機能のいくつかは必ず実現するはずです。そして、自動車も含めて、全てがつながる世界がやってくる。夏の暑い日、スマートスピーカーの「HomePod」に「ちょっとクルマ、涼しくしといて」といえばApple Carのドアを開けるときにはもう涼しい。“Apple Anywhere”の世界です。

 懸念は、便利すぎて人をダメにするかもしれないということ。自動運転技術もどのレベルのものを搭載するのか不明ですし、車載インフォテインメント機器の詳細も分かりませんが、人が判断したり手を動かしたりする部分を適切に残しておいてほしいなと思います。先端技術は人をスポイルする(ダメにする)のではなく、人を進化させる方向で使ってほしい。

 Apple Carはアップルが設計して製造は他社に委託することが予想されています。製造者がどこであれ、アップルらしいデザインの車両に、あのリンゴのマークがあしらわれるのでしょうね。グーグルのAndroid OSと違い、OSをライセンス提供して他社ブランドの自動車にApple Carを載せるようなことは、まずないだろうと思います。製品にまつわる全てを自社のコントロール下に置くのが“Apple Way”。ブランドを守る意味でも、SDGs(持続可能な開発目標)の観点から製品ライフサイクル全てに責任を持つという意味でも欠かせないことだとアップルは考えているはずです。

日本メーカーはどうすべき?

 アップルやグーグルといったプラットフォーマーが自動車の世界へも進出し、ユーザーのデータを握ることを、脅威に感じる人もいるかもしれません。何の市場であれ、メインプレーヤーの顔ぶれがいつも同じということになれば、他の企業のチャンスは減ってしまう。そんな見方もあるでしょう。

 しかし、そうではありません。新たな市場が立ち上がり、各社のプロダクトが出そろったときには、そこに足したくなるようなサービスや機能、付随する何らかの新しいニーズが必ず生まれます。そこに対応できるのは、後発のアドバンテージ。音声SNSの「Clubhouse」がユーザーを獲得できたのも、後発だからでしょう。TwitterやInstagramが普及し、さらにコロナ禍でオンライン会議システムを使う人が増えたなかで、揺り戻しのように、音声コミュニケーションというプリミティブなコミュニケーションに光が当たった。このタイミングの妙があって、スマッシュヒットするに至っているのです。

「アップルのOSを載せた自動車が街を走るようになる」と前刀禎明氏
「アップルのOSを載せた自動車が街を走るようになる」と前刀禎明氏

 自動運転EVでいえば、アップルやグーグルが他のデバイスとシームレスに連携する広範な機能を提供するからこそ、どこかに過不足が出てきます。そこだけを切り出して最適化する、そこだけを狙って最高品質の何かを送り出す、そういうやり方で勝つ企業がきっと出てきます。勝つというのはつまり、人を幸せにするプロダクトを供給して自社も利益を上げることですね。

 そもそも人間が快適な状態になるのに、デジタルなアプローチだけで全てを解決できるはずもない。自動車でいえば、走りそのものの快適性はハードの技術にかかっているでしょうし、シートの形状や材質などにも左右されます。アップルやグーグルのクルマが投入された未来でも、OSがAndroidだからではなく、ホンダのクルマだから選ぶという人もきっと多い。フィジカルに作用する質感が高いモノを精細に作り上げることは、日本のものづくり企業が価値創造できるところで、データを握られてもその優位は損なわれません。

 当たり前の話ですが、プラットフォーマーになれなくても、活路はあるのです。米ウーバーは、自動運転車の開発子会社をアマゾン系列の企業に売却しましたが、自社開発のハードにこだわらずとも、ライドシェアやフードデリバリー、配送など、“運ぶ”サービスのエコシステムを構築して成長を続けていますし、将来は自動運転車を導入したサービスも展開するでしょう。

 ハードもソフトもサービスも、全ては人が幸せになるための手段です。どんなバリューを生み出したいのか、目的や価値を基軸に考えれば、どんな会社にもチャンスはあります。

(構成/赤坂麻実)