コロナ禍を機にようやく訪れようとしている「個」の時代。消費者の価値観もモノとの向き合い方も変わり、もはや「自分にとっての実利」があるものしか売れないと前刀禎明氏は指摘する。今回は、そんな「個」の時代にマーケターはどう向き合うべきかを考える。

人間は案外自分の「欲しいもの」に鈍感(写真/Shutterstock)
人間は案外自分の「欲しいもの」に鈍感(写真/Shutterstock)

 以前、ようやく訪れようとしている「個」の時代や、その裏側にある人々の心理について話しました。消費行動にも「自分らしさ」が一層表れるようになってくる。横並びで製品を作って売れる時代は終わります(関連記事「画一化された『個』の時代 マーケティングがやるべきこと」)。

真の「顧客目線」は予測じゃない

 マーケターにとって、「個」の時代は受難の時代であり、チャンスの時代です。これまでのやり方は通用しない。消費者がみな“右へならえ”をやめれば、選ばれる商品やサービスは多種多様になるので、よく売れる(売上数量が多い)モノを作りたいと願い、需要を読もうとしたところで、読み切れるものではありません。

 スティーブ(・ジョブズ、米アップル社創業者)は「客が欲しがるものなんか分かりようがない。だから自分が欲しいものを作るんだ」と言いました。この言葉、僕は究極の「顧客目線」を提唱しているように感じるんです。たくさんの会社でスローガンになっている「顧客目線」とは違った意味で。

 多くの企業で唱えられている「顧客目線」は例えば、自社の顧客をじっくり研究・分析して、次に必要になりそうなものを予測し、提案営業を仕掛けるようなことを言います。この場合の「顧客目線」とは顧客ニーズの予測です。

スティーブ・ジョブズが求めたのは、顧客である自分が何を欲しているのか(写真/Shutterstock)
スティーブ・ジョブズが求めたのは、顧客である自分が何を欲しているのか(写真/Shutterstock)

 一方、スティーブが言ったのは、今、(企業家であると同時に)消費者=顧客である自分が何を欲しているのか。顧客ニーズの予測が当たるとか外れるとかを超えた、ただリアルな話です。従来のやり方ではニーズをつかみきれない今こそ、マーケターは自分に立ち返って、自分がいいと思うものを考えてみるべきです。

 自分が欲しいものを思えばいいなら簡単な話だ、と思われるかもしれません。ところが、人は案外、自分の気持ちに鈍感です。自分が欲しいものが何なのか、ある物事に対して自分がどんな気持ちでいるのか、自分でもよく分からなかったりします。なんとなくの気分はあっても、言語化できるほど明確になっていないこともあります。日本人の多くは幼い頃から周りと足並みをそろえるように教育を受けていますから、それも当然でしょう。自分の本音を引き出そうと思うと、トレーニングが要るのです。

 そこで提案したいのは、まずは日常生活のなかで何かを選ぶときに、自分で決めることです。飲食店で食事をするとき、デパートや家電量販店で買い物をするとき、自分で選ぶ。そんなことは当たり前じゃないかと思うかもしれませんが、実は当たり前ではないんです。自分で決めているつもりでも、口コミと値段の2つを軸にバランスを取っているだけで、AI(人工知能)でも肩代わりできそうな選び方をしている人は多々います。

 口コミや他人のアドバイスを一切聞くなとは言いません。いろいろ参考にしても構いませんが、最後はぜひ自分なりの判断基準で選んでみてください。そして、そのとき自分が何をどう考えて選んだか、自分の思考を観察してほしいのです。これは、言い換えれば「個」の時代の顧客目線を体験するということです。

 スティーブは鬼才であり、創業者であり、経営トップも務めました。彼のように直接、自分が欲しいものを商品化できる立場の人はごく一握りです。ですが、実際に自分が何かの顧客(消費者)になった経験を大事にして、自分の仕事に真の「顧客目線」を取り入れることは、多くのマーケターが実践できるはずです。自分がモノを買いたいと思ったのはこれが決め手だった、こういう要素も効いた、といったことを心にとどめておいて、仕事に生かすことをお薦めします。

顧客に「~させる」考え方はもう終わり

 合わせて、言葉使いを変えるのも意識改革に有効だと思います。実際に、僕が気を付けているのは、「~させる」のような使役の表現です。

 例えば、マーケターがプランを説明するときに「注目させたい」「泣かせたい」などと言うのを聞いたことがあります。ユーザーや潜在顧客の行動を誘導しようという意識が強いのが、そのまま表れているのでしょう。しかし、人の心に圧をかけるようなこれらの言い方は、「個」の時代におよそふさわしくありません。「顧客が“感動する”」「“注目する”」製品・サービスを目指す、というほうが自然であり、顧客目線に沿った言い方だろうと思います。

「言葉一つで意識は変わる」という前刀禎明氏
「言葉一つで意識は変わる」という前刀禎明氏

 考えてみれば、「マーケティング戦略」という言葉にもそうした意識は表れているかもしれません。「戦略」はもともと軍事用語で、戦争に勝つための計略のことです。相手を打ち負かす、相手に白旗をあげさせる、という考えが根底にあると、相手に理解してもらう、相手が話を聞きたくなるような方策を考える、という態度にはなりにくい。時代の変化を捉えて、言葉の使い方から変革し、自分と顧客の関係性を見直すのも大切なことです。

 その上で、もし大事な決断に迷ったら、未来の自分を基準にするような意識を持つといいと思います。未来をつくる行動を、今日までの自分、未来から見れば過去になる自分で規定すると、いつまでたっても足踏みで、過去から抜け出すことができません。コロナ禍を奇貨として社会が変わりつつあるのに、古い物差しを仕事に使うべきではない。

 時が過ぎてみれば当たり前になることだってあります。今、先行きが見通せないから勇気が出ないというのはもったいない。一歩踏み出えば、そこにいるのは既に新しい景色を見た自分です。考え方もまた変化します。アナリストやコンサルタントが言うバックキャストなどとは違う意味で、未来を意識してほしいと思います。

(構成/赤坂麻実)