それでも根強い“ムラ社会”じみた心理

 ただ、こうしてやってきた個の時代が真の意味で「自分らしさ」を尊重するものになるかといえば疑わしいとも思います。

 「大量生産の時代は終わった」という論調がはやったのは何十年前のことだったでしょうか。プロダクトの世界では、そのときにも「これからは個性の時代だ」「多品種少量生産の時代だ」といわれました。ところが、一部の自動車メーカーなどが多品種少量生産に移行したものの、実際に消費者が手に取るモノが多様化したかといえば、決してそうではありませんでした。

 タイミングも悪かったかもしれません。長引く景気の低迷で個々人が使えるお金には限度があり、洋服はファストファッション、家具は大手チェーンがそれまで以上に台頭しました。それこそ低価格で均質な商品が、大量に生産・消費されました。

 日本は人口の大多数が同一民族と考えられており、日常使われる言語もほぼ日本語。列島が丸ごと壮大な“ムラ社会”ともいえる。個性を大事にしたほうがイノベーションを生み出せると頭で分かってはいても、はみ出す勇気のある人はなかなか現れないという側面があるのでしょう。

 ようやく訪れようとしている今回の個の時代も、実は自発的な意志をもってかなえられたものではないと僕は思います。確かに、会社よりも個人の幸せや働きがいが大事だという認識が当たり前のものと捉える人が増えてきましたし、副業を容認する企業やジョブ型雇用を取り入れる企業が増え、社会もまた個人にフォーカスする時代に変わりつつあります。

コロナ禍は個々人が選択する「個の時代」を推し進めた(写真/Shutterstock)
コロナ禍は個々人が選択する「個の時代」を推し進めた(写真/Shutterstock)

 でもその背景には、「みんながバラバラになったから、自分も一緒じゃなくて大丈夫」という、受け身的な考えがあるのではないでしょうか。社会よりも個人にフォーカスするのも、「今はそう考えるのが普通っぽいから」「当たり前に求められる時代だから」であったりします。ムラ社会じみた同調圧力は終わらない。

 そのようなメンタルで行き着いた個の時代なので、十人十色で当たり前のはずのリモートワークの環境ですら、少しずつ画一化されつつあります。お薦めの椅子やオンライン会議にぴったりのWebカメラなど、売れ筋商品の情報が共有されると、みんなが同じものを買い、同じ使い方をするようになっていく。「リモートワークで効率よく働く際のポイント」なんてハウツー化する情報もあります。これで「画一的な個のスタイル」の出来上がり。字面を見ると矛盾を感じますが、これが今起きつつあることです。

 リモートワークのグッズぐらいのことで大げさな、と思われるかもしれませんが、自分以外の誰かの判断にすがりたい気分は他の現象からもうかがえます。例えば、最近はビジネスパーソン向けの記事で「~のためにすべきたった1つのこと」などといったタイトルが目につきます。これさえやれば大丈夫という心の担保が欲しい。でも、努力すべき事柄をいくつも挙げられると、今度は自分がそれをこなせるかどうか不安になったり面倒になったりする。結果、「たった1つの」を冠した記事がよく読まれるし、よく読まれるので同様のタイトルが増えるのです。何についてであれ、画一的な方法論がますます広まるわけです。

“流れ着いた”個の時代のニーズを考える

 画一的とは言いましたが、それでも個人の選択や決断が尊重される「個の時代」が来たことは喜ばしいことです。それは否定するものではない。ただ、実態はやはり画一的な方向に流されやすいのだということを、マーケターは踏まえておいたほうがいいでしょう。

 そしてこの状況認識をどうマーケティングに生かすのか。僕としては、ある程度画一化された価値観、決まった選択肢の中であっても、「個」としての自分が自分のために選んだと感じてもらえるコミュニケーション、商品やサービスから自分らしさを想起してもらえるような演出が必要だと考えています。

 例として、最近の僕の取り組みを1つ紹介します。近ごろ、コンサルティングを請け負っている会社と共に、さまざまな業種の企業に提案しているのが、本当の意味での“シェア”オフィスです。

 コワーキングスペースを利用する企業は増えていますが、思い描いたような企業間交流がなかなか生まれないという話をよく聞きます。入居する企業や個人が増えるとその目的も多様化します。中には交流に重きを置いていない会社や個人もいるので、交流したい人がいても遠慮がちになってしまう面もあるでしょう。

 そこで、現行のコワーキングスペース以上に、交流に向けて背中を押すような仕組みを持ったオフィスを構想しました。具体的には、複数社でオフィスをシェアし、機密に関わる仕事以外はオープン化したフリーアドレス制のスペースで行う。「ここからここまでがA社」などと決めず、隣に座る人がどの会社の誰だか分からないような状態をあえてつくります。

 交流を前提としたスペースならば、話しかけづらさも軽減されるはずです。個人と個人のコミュニケーションの先に共創が起きるかもしれません。週に数日、月に数日でもそこへ通えば、多様化する価値観や働き方への理解も深められるし、自分の市場価値もリアルに確認できるはずです。会社名より先に個人の名前が来る、そんな交流機会が生まれる仕組みを作りたい。そして利用者にはそれこそが自分らしい働き方だと思ってもらえるマーケティングをしたいと考えているのです。

(構成/赤坂 麻実)