新型コロナウイルス感染症はまだ収束に至らないが、人々の生活は徐々にペースを取り戻しつつある。アフターコロナ/withコロナ時代と言われるようになってからも久しい。従来の生活様式や仕事のやり方が変わる中、企業はどのようなプロダクトをどのようなプロセスで生み出すべきなのか考える。

前刀禎明氏
前刀禎明氏
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ブランドや人気より「実利」

 コロナ禍は、私たちの生活や仕事のあり方を大きく変え、それに伴ってお金の使い方も変えました。皆さんが最近、消耗品以外で新たに買ったものや買い替えたものは何でしょうか。周りの人に聞いてみると、椅子に座っている際の腰の疲れを軽減するクッション、オンライン会議で顔映りをよくするデスクトップ照明などという答えが返ってきました。家での生活を快適にするもの、それも実用的なものを買っているようです。

 自宅で過ごす時間が長くなると、家財道具や生活雑貨などに求めるクオリティーが自然と高くなってきます。身の回りにあるものに対して、以前なら「まあいいや」と受け流せた程度の不満が許容しにくくなってきた。そういう人は多いのではないでしょうか。

 かく言う私も、自宅に差し込む西日が強烈だったので、思い切って家を住み替えました(笑)。新型コロナウイルス感染症が流行する前は、日中、仕事で外出することが多く、ほとんど気にならなかったのですが、毎日のように家にいて仕事をしていると、室内の暑さが耐え難いものになりました。家を住み替えた私の例は極端ですが、快適な自宅やそれを演出するものに、多くの人が関心を寄せているだろうと思います。

 逆に、感染症によって若干のブレーキがかかったのが、シェアリングエコノミーかもしれません。PwCコンサルティング(東京・千代田)が2020年5月、全国の一般消費者を対象に行った「国内シェアリングエコノミーに関する意識調査」によると、シェアリングサービスの認知や利用経験がある人の数は変わらず伸びています。特にモノのシェアは利用意向が19年より増加しました。ですが、人との直接の接触がある場所や空間のシェアでは利用意向は減少、クルマや自転車などの移動手段のシェアも横ばいとなっています。また、シェアリングによる衛生面への懸念を持つ人の割合が前年より高くなったのも、コロナ禍の影響でしょう。

 こうした中で、消費者が今選ぶものに求めているのは、何よりも“実利”だと思います。手元で1人で使うもの、他人には見せる機会すらないものは、ブランド品である必要も、みんなが買っている人気の商品である必要もない。とにかく今の自分にとって具体的な“いいこと”がある製品が欲しい。

 こうなってくると、既定路線のプロダクトはまず売れません。日本の製品はいつの頃からか、画一化してきました。同業他社のあの製品が売れているから、同じ機能を一通りそろえた、それでいて少し性能が高い製品で勝負しようとか、性能や機能に大差ないなら、人気のある芸能人を広告に使ってスタイリッシュなイメージで訴求しようとか。そういった“なんとなく”のやり方ではまぐれ当たりも望めない時代になるでしょう。身の回りを快適にしてくれるものを、これまで以上に質にこだわって買いたいというのが、われわれ消費者の今の気分だからです。

リアルでニッチなニーズに応える

 では、マーケターはどうすべきなのか。この連載でも繰り返していることですが、プロダクトの本質・目的に立ち返って考えることが大切です。何をするためのものか。どんな望みをかなえ、どんな困りごとを解消するのか。実際に使ったり家に置いたりする場合に、どんな特徴や機能を持たせると利便性が高まるのか。そういったことを突き詰める。

 「売れそうな○○ってどんなものだろう?」「何がウケそうかな?」と最大公約数的なニーズを探るのではなく、本当の意味でのプロダクトアウトに舵(かじ)を切るべきだと思います。“他でもない私にとって心地がいい”プロダクトが求められる分、あらゆる市場でニーズは多様化しますから、それを可能な限りカバーしようとすれば、総花的な企画になって製品の特徴がぼやけるのは当然です。みんなのニーズをある程度まで満たした製品は、みんなが一番欲しい製品にはなり得ません。それより、もっとリアルでニッチなニーズを捉えたいですね。

 分かりやすく言えば、“とんがった”部分がある製品をつくる。ただ、これは差異化のための差異化をしろという話ではありません。先述の通り、何をする製品か、この製品でユーザーのどんな悩みを解消したいか、どんな望みをかなえたいか、実利を追っていけば、むやみに多機能化することもなく、おのずと明確な特徴を持った製品になるはずです。つくり手にはある種の割り切りが求められますが、「この商品はこういうもの」という固定観念の壁を越えてもらいたいところです。

 余談ですが、「製品のクオリティー」といったときに、ユニークな機能や高い性能のことだと決めつけてしまうのもまた固定観念です。デザイン性の高いものに囲まれて生活することで充実感を得られる人もいれば、手触りや使ったときに立つ音といった質感が満足度を大きく左右する場面もあります。これを追求すれば正解というものはありません。ただ、誰のどんな欲求を満たす製品にするのか、一貫した思想を持つことが大切です。

目的から発想して企画する

 新規事業を企画する人、何をつくるのかというところから選択できる立場の人には、固定観念からの脱却がより一層求められます。例えば、バスタブを掃除することを想像してみてください。昔はブラシやスポンジでこするのが当たり前でした。今では、多くのバスタブはあまり強くこすると表面が傷付いて、かえって不衛生になりかねないということが分かり、こすらずに汚れを化学的に処理する洗剤などがたくさん販売されています。バスタブを清潔にするという目的に対して、手段が変わって(増えて)きたわけです。

 社会課題や個人的な困りごとにも、多くの場合、複数の解決法があります。例えば、私は西日の強い部屋を引き払って新居に引っ越しましたが、「日中の部屋の暑さをなんとかしたい」という目的を満たす手段なら他にもありました。窓に高性能の断熱フィルムを貼る、遮熱性の高いタイプのカーテンを付ける、エアコンを更新するといったことですね。引っ越しには他の方法よりお金と手間暇がかかる、フィルムやカーテンは部屋が暗くなる、エアコンでは日差しの強さ自体は解消できないなど、それぞれ問題はありますが、いずれも一長一短の選択肢です。

 何が言いたいかというと、「この用途にはこの製品」という思い込みから自由になって発想すべきだということです。企業の中に既存製品や既存技術があると陥りがちな発想です。そうではなく、「こういう問題があるから、自社にあるこの技術で応えてはどうだろう」というように、課題や目的から発想して企画する本来の思考に立ち返れば、今のニーズに合わせた新しいプロダクトが生み出せるのではないでしょうか。

 以前にも言いましたが、感染症の世界的流行という未曽有の災害で、人々のマインドセットは、常識外れのものを受け入れやすくなっています。本当の意味で新しい製品や、新しい事業に挑戦するには、いい時機が巡ってきたと僕は考えています。

(構成/赤坂麻実)