最近よく見る「2030年のビジネスはこうなる」「5年後に求められるスキルはこれだ」といった記事。AI(人工知能)時代に「生き残るのに必要な能力は?」という文脈で語られているものもある。「これらの記事には学ぶべきところと、真に受けてはいけないところがある」と前刀禎明氏は指摘する。その理由は?
未来のビジネスシーンを予想する記事やそのとき必要になるスキルを論じる記事は年が明けた直後や春先などによくあります。10~20項目をランキングで紹介したものが多い印象です。最近はAIの技術進歩も著しく、「AIが興隆したらなくなる職業は?」なんて議論もあって、不安を感じている人が増えているのかもしれません。
こうした記事は自分自身や仕事との向き合い方を振り返るうえで一つのきっかけになりますが、一方で気を付けなければならないこともあります。今回は僕の見方をお話ししましょう。
言葉の使い方に注意
未来に必要なスキルという切り口が特に増えたのは、英オックスフォード大学のマイケル・オズボーン教授が2013年に「雇用の未来」という論文を発表した頃からでしょうか。同教授は17年にもAI時代に必要な能力を分析した「スキルの未来」という論文を発表しています。
この「スキルの未来」を例にすると、1位になったのは「Learning Strategies」(戦略的学習力)。一方で2位には「Psychology」(心理学)、7位には「Coordination」(調整力)などが入っています。参考になる指摘ではありますが、これらには言葉として階層の異なる概念もあります。
また、英語で発信された記事を日本語版で読む場合は訳し方にも落とし穴があります。例えば「Critical thinking」という言葉を「批判的思考」と訳しているのをしばしば見ます。本来は無意識の前提をうのみにせずに考えるといった意味ですが、この訳語ではちょっとニュアンスが伝わりにくいと思います。
時系列で比較するとビジネストレンドが見える
いずれにしろ、こうした記事を読むときは、言葉通りに受け取るより言わんとするところを自分なりに解釈しながら読むのがよさそうです。さらに僕が勧めたいのは、個々の記事内容をつぶさに見るより時系列で捉えること。ランキングに頻出の語句は何か、数年前と比べるとどうかなど、複数の記事や過去の記事と併せて一歩引いて眺めると役に立ちます。
一つ例を挙げてみましょう。世界経済フォーラムが出している「The Future of Jobs」というリポートがあります。現在と未来に求められるスキルを調査し、不定期に公表しているものです。
これの16年版と18年版を比較してみると興味深いのは、16年には現在でも未来でも必要なスキルとして1位、18年の現在では2位に挙がっていた「Complex problem-solving」が18年版の未来のスキルでは下位に沈んで、代わりに「thinking」や「learning」といった語句を含むスキルが浮上していることです。
考えること、学ぶことが大事という趣旨で、これには僕もまったく同意です。ただし、これらは今になって急に重要度が増したわけではありません。今までもずっと大切なことだったし、今も変わらず大切です。
それでも一時期、問題解決(problem-solving)のほうが重視されたのは、課題が明確だった時代が続いていたからと推測できます。ありとあらゆる機器やシステムの性能に改良の余地があり、デジタルカメラなら画素数を高めるとか、自動車なら燃費を良くするとか、各社が同じ目標を掲げてしのぎを削っていた時代です。そういう時代は、目の前にある課題を解決すれば、一定の成功を収めることができました。
しかし、そうしたビジネスが頭打ちになってきて、新しいプラットフォームを構築したGAFAが市場を席巻するようになると、さすがに認識を改めざるを得ません。自ら問題を発見することや、課題を的確に設定することが、企業や働く人々の未来を大きく左右するのだと誰もが理解するようになりました。
それで、こうした記事に挙がるスキルも上位の顔ぶれが変わってきたわけです。「○年後に必要なのは」と未来を見通すかのような調子の記事が多いですが、実は現状を表していて、挙げられているスキルはどれも今必要なもの。未来を先取りできるとは思いませんが、ビジネスの変化を捉え、自己研さんのきっかけにすることはできると思います。