演台で手元の原稿を読み上げるのは退屈。でも、身ぶり手ぶりを加えたところでいまひとつあか抜けない。日本人はどうもプレゼンテーション(プレゼン)が苦手だ。どうすれば上手なプレゼンができるのか。米アップル本社など海外企業で鍛えられ、講演の機会も多い前刀禎明氏と考える。

プレゼンにもあるはやり廃り。今は「TED風」が全盛だ(写真/Shutterstock)
プレゼンにもあるはやり廃り。今は「TED風」が全盛だ(写真/Shutterstock)

 どうすれば上手にプレゼンができるのか、悩む人は多いようです。僕も昔は人前で話すことが苦手だったので、気持ちはよく分かります。上手な人と比較して、なんとかあの技を取り入れたいなんて思いますよね。ただ、世間的に評価が高いプレゼンのやり方を安易になぞるのは避けた方がいいと僕は思います。

流行りをまねたプレゼンをするなかれ

 プレゼンにもその時々に人気のスタイルがあって、今の流行り(はやり)はなんといっても「TED風プレゼン」。世界的なカンファレンス「TED(Technology Entertainment Design)」でよく見られるスタイルです。冒頭で印象的なことを言って聴衆を引き込み、身ぶり手ぶりで情熱をアピールし、たびたび聴衆への問いかけを差し挟む……記者発表会やビジネスカンファレンスに登壇する経営者やビジネスパーソンには、この数年でこのスタイルが増えました。

 TED風プレゼン自体を否定するつもりはありませんが、ここまで広まった今の状況には、僕は危ういものを感じます。たくさんの人がただ一つのやり方を“正解”とみなし、表面的な手法をまねする。それは思考停止であり、はやればはやるほどその手法を陳腐化させます。

 若いスピーカーに多いのが、「突然ですが皆さん!」と切り出すスタイル。スライドに数字だけを表示して、「この数字が何だか分かりますか?」と問いかけるパターンも頻出します。これだけはやれば、突然の問いかけで聴衆の興味を引くという本来の効果は到底望めない。そこを考えないまま、細かな演出をただなぞるのはちょっと短絡的でしょう。

 そもそも、そのスタイルが似合うかどうかの問題もあります。プレゼンする人の個性、伝えるべき内容、講演会場(聴衆)の性質にマッチしてこそ、効果は上がるもの。バランスが悪いと、むしろ聴く人がいたたまれない心地になったりします。プレゼンに正解はないのです。しゃべりながら歩き回るのが苦手な人は演台のそばに立ったままでいい。不慣れなら手の動きも付けなくていいと思います。

 「形から入る」という言葉がありますが、大切なのは、その形を自分がなぜ気に入ったのか、そこを突き詰めることです。プレゼンで重視すべきは、メッセージが伝わること、そのメッセージに説得力が感じられて聴く人の印象に残ることですよね。歩き回ったり身ぶり手ぶりを使ったりするのは手段にすぎません。手段をそのまままねないで、いいと思った理由を考える。その上で、同じ効果を上げられそうで、かつ自分に合ったやり方を取り入れればいいのです。

具体的に何をすれば上手になるのか

 僕は今でこそプレゼンが得意と言われますが、思春期から大学時代にかけては赤面症で、人前で話すのが苦手でした。ところが、大学の講義でちょっとしたプレゼンをする機会があって、そのときに周りから「説得力があるよね」と認めてもらえた。それで少しいい気になったところがあります。

 ソニーに勤めていた時代には英語が苦手で2度の集中研修を受けましたが、研修の最後に英語でプレゼンをしたときは、外国人からも「いいね」と言ってもらえた。ますます図に乗るわけです。さらには友人の結婚式の司会もほめられて。ちょっとしたことで自信を深めていきました。

 ディズニーに入社したときは、誰もがプレゼン上手で目を見張りました。大げさなアクションも彼らは身に付いているので、違和感がなく、ただただ劇的。AOLにも勤めましたが、そこでもみんなプレゼンが上手でした。僕のプレゼンの舞台で最も印象的なのはライブドア時代。グランドキャニオンで開催された投資家向けカンファレンスに参加し、英語でプレゼンしました。すると、ベンチャーキャピタルの人たちに「ヨシ、すごいね、どこでプレゼン勉強したの?」と言ってもらえたんです。

 大切なのは、たくさん観てたくさんやってみる、その積み重ねだと思います。それも世界最高峰のものを観ること。そうすれば自然と自分の中のクオリティー基準が極めて高いところに設定されます。今はYouTubeなど、他人のプレゼンを観る方法はたくさんあるので、とにかく観る。そして、ただまねするのではなく、どこがいいと思ったか、どこがまずいと思ったかを掘り下げ、自分だったらどうするかを考えるといいでしょう。

 実践段階では、自分のプレゼンが聴衆にどう見えるのか、客観的に確認することも大事。動画を撮影して見てみるといいと思います。できれば練習ではなく本番を。本番は緊張感や気持ちの入りようが違いますから。プレゼンする機会があれば、必ず動画を撮って見返し、次に生かすのです。

キー・メッセージを磨き上げるのがコツ

 僕がプレゼンで意識していることをもう少し具体的に挙げてみます。1つはスライド作り。最近はスライド作りにも一家言ある人が多いそうで、心理学と絡めた色遣いの解説なども見かけます。それはそれで面白いのですが、枝葉のテクニックに固執するよりは、スピーカーのしゃべりをサポートするために、スライドはどうあるべきか、目的意識を持って考えたいところです。

 その際は、伝えたいメッセージをよく見直すこと。例えば「金融工学で社会を良くしたい」という思いがあるとします。その心意気はいいとして、それをスライドにそのまま書いても、聞こえがいいだけで想起させるものがないので、聴衆には響きません。具体的にどうすることなのか、いかにして実現するのか。掘り下げて掘り下げて、伝えたいことを研磨する工程が重要です。そうして見いだしたメッセージをキー(鍵)に設定し、裏付けるデータや事例などの材料で補強します。

 よく言われることですが、「ワンスライド・ワンメッセージ」も理にかなっていると思います。情報を盛り込みたい気持ちは分かりますが、聴衆がスライドを読んでばかりで話を聞いてくれなければ、資料を配ったのと同等の効果しか得られません。せっかくプレゼンしたのに、それでは残念ですよね。スライドはシンプルに、文字量は少なめに。目に飛び込んできて直感的に理解できるものが理想です。

カメラマンにいい写真を撮らせるつもりで

 実際にプレゼンするときは、スピーカー自身の見せ方も大切です。内容が第一とはいえ、これもプレゼンの印象を大きく左右する要素だからです。

 まず姿勢。見た目の印象だけでなく、声の出方もまるで変わってくるので、背すじを伸ばし胸を開くイメージで話しましょう。スピリチュアルな話にはしたくないのですが、体からエネルギーを発して届けるつもりで。常日ごろから肩甲骨をよく動かしておくと、堂々として見える姿勢を取りやすいです。

「猫背になると声もあまり通らなくなるし、自信もなさそうに見える。胸を開いた方がいい」と前刀禎明氏
「猫背になると声もあまり通らなくなるし、自信もなさそうに見える。胸を開いた方がいい」と前刀禎明氏

 視線も大事です。原稿を読んでも構いませんが、ここぞというときは語尾だけでも顔を上げて聴衆と目を合わせる。それが一度もないと、誰に向かって話しているのか分からなくなります。(実際はない場合でも)カメラを意識するといいかもしれません。発表会やプレスカンファレンスでは、カメラマンが何度シャッターを切っても“イケてる”ショットが一枚もないようだと、聴衆から見ても「なんかピリッとしない」という印象になるものです。

 見落としがちなのが、洋服のフィッティング。特にスーツですね。オーダーできればいいですが、それが難しい場合は時間をかけてたくさん試着して、自分の体形に合うものを探しましょう。ノーネクタイの場合には、シャツの襟に注意。ネクタイをすることが前提で作られているシャツだと襟がよれがちなので、シャツを選ぶときに襟の立ち具合もチェックしてください。

 ただ、こうした細かい話もプレゼンの中身があってこそ。考え方はシンプルで、伝えたい内容に合わせて自分に合った手法を選び取っていくことです。プレゼンは聴いてくれる人とのコミュニケーションですから、正解はありません。怖がらず楽しんで、自分のスタイルを確立してください。

(構成/赤坂麻実)

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