前回、新しいアイデアを生むには、自分がこれまでに獲得した知識や経験、地位にこだわりすぎず、“学び続ける知性”を持つことが大切だと話した前刀禎明氏(関連記事「『スペシャリスト』と呼ばれたら要注意、創造をはばむ既知の意識」)。ではその “学び続ける知性”はどうすれば獲得できるのか。前刀氏はそれを目指す事業に挑んでいる。

「白紙に何か書いてごらんと言われても難しい。それと同じで自分を解放するって難しいんだよ」と前刀禎明氏
「白紙に何か書いてごらんと言われても難しい。それと同じで自分を解放するって難しいんだよ」と前刀禎明氏

本当に太陽は赤いのか?

 “学び続ける知性”。僕は「ラーニング・インテリジェンス」という造語で呼んでいますが、これを養う過程は、ざっくりと3段階に分けられると考えています。まず、「Free Yourself」。これは固定観念などから自分を解放することを意味します。それから、「Create Yourself」。自らの個性を確立することです。さらに、「Exceed Yourself」。今の自分に満足しないでリセット、リスタートを繰り返すこと。この3段階です。僕は今、さまざまなビジネスを通じて、これら各段階に効きそうなあの手この手を、世の中へ提供していこうと考えています。今回はその取り組みを紹介してみたいと思います。

やってみるよりマニュアルを探す人

 3段階と言いましたが、みんな苦労するのが、第1段階の自分を解放することです。そのきっかけにしてもらえればと、僕は「DEARWONDER」というアプリをリリースしました。第一印象の思い込みを捨て、トライ・アンド・エラーを繰り返しながら答えを探るゲームなのですが、これが苦手な人は多い。直感的に操作できるので、まずは「やってみてください」「いろいろ試してみましょう」と勧めても、じーっと画面を見て固まってしまったり、「マニュアルはないんですか?」と聞いたり。操作するうちに要領はつかめるし、マニュアルが必要ないことも分かるはずですが、自分ではよく考えずにとりあえず質問から入る、マニュアルを探す。そういう癖がついている。これはなかなか根深い問題です。

前刀氏が開発したアプリ「DEARWONDER」(iOS、Androidに対応)。画面上の玉を指でスライドして動かし、画面下の玉にくっつければステージクリア。影の形などをヒントに邪魔な物体の形や大きさを想像するのがポイントだ。自分でステージを創作、公開することもできる
前刀氏が開発したアプリ「DEARWONDER」(iOS、Androidに対応)。画面上の玉を指でスライドして動かし、画面下の玉にくっつければステージクリア。影の形などをヒントに邪魔な物体の形や大きさを想像するのがポイントだ。自分でステージを創作、公開することもできる

 これは、日本の教育に問題の一端があるんです。絵を描くときは輪郭を最初に描いて、そこからはみ出さないように色を塗る。それも太陽なら赤、木は必ず緑と茶色など“決まった色”を。日中の太陽は赤く見えないし、木々だって種類や季節によって色が違うのにです。

 動物園から帰ってきて、首が短いキリンを描いた子供を想像してください。子供はキリンを近くで見て、自分が受けた印象の通りに描いただけです。でも、それを見た親や先生は「キリンは首が長いはずだよ」と言って描き直させる。近くで見上げれば短く見える角度があるのに、キリン=首が長い動物という決まりを踏まえて描かなければ指導の対象になってしまうんです。

 親や先生がよかれと思って言ったことが、結果的に子供に固定観念を受け付けることになってしまいます。さらには、「“間違った”答えをすると恥ずかしい」「“当たり前”を裏切るのは怖い」という感覚が根付きます。大人になっても、失敗を忌避する傾向は同じです。だから、既に経験や実績があり、自分にできると分かっていることだけを何度も繰り返す。これでは創造性が養われるはずもありません。“型にはめる”式の教育を受けて育った人が、ビジネスの場で「創造力を発揮しろ」と言われても、それは難しいのです。

例えばレシピなしで料理を作ってみよう

 僕が今、子供向けの取り組みとして関わっているのが、Hacksii(東京・品川)が運営する料理教室「ハクシノレシピ」。僕はアドバイザーを務めています。これは自宅で行うパーソナルレッスン形式の教室で、子供が自分で冷蔵庫から食材を選んでメニューを決め、料理をして発表するというもの。メニューもレシピもないところから作る過程を先生がサポートします。

「ハクシノレシピ」のウェブサイト
「ハクシノレシピ」のウェブサイト

 これは、「Free Yourself」「Create Yourself」というプロセスにとても効果的だと思います。子供時代に想像力を使って遊んだ人は、大人になってから創造力を発揮できるという研究結果があるんです。英ケンブリッジ大学では教育学部に「PEDAL(Play in Education Development and Learning)」という機関を設置し、ブロック玩具の「LEGO」などを使って研究を進めているといいます。

 ハクシノレシピで作るメニューを決めるとき、「お味噌汁も作ったら?」と先生が提案すると、多くの場合、子供からは「何を入れたらいいの?」「どうやって作るの?」と質問が返ってきます。正解があると信じているし、間違えたくないからです。この考え方を打ち破って、そこにあるものを生かす、自分の発想で動くという体験をしてもらうのが、この教室の目的です。

 煮物を作ろうとして、鍋にところてんを入れてしまう子供もいます。ところてんは溶けてしまいますが、先生はそれを事前には教えません。止めることもしません。ところてんはゆでると溶ける、せっかくの食感が味わえないということを実地で知れば、それもまた収穫だからです。ゼロから考えて、やってみて、学ぶことが重要だから、失敗しても構わない。むしろ、失敗は貴重な体験です。

 わざわざそんなサービスを利用しなくても、家庭でできそうと思う人もいるでしょう。でも、意外と親にはできないことなんです。親はどうしてもわが子に正解を教えてあげたくなるものです。自分の子供には失敗させたくないし、子供が落ち込んだらかわいそうだからと、つい「これはこうするものよ」と言ってしまう。外部のサービスに機会を求めるのが有効なこともあります。

「何もしない」森林浴が効果

 では、子供時代をやり直せない、大人はどうすればいいのか。意識的に「Free Yourself」、自己を解放する機会から作らなければなりません。

 僕が勧めたい方法の1つが森林浴です。森の中に身を置いて、何もしない。ただ五感で刺激を受け取るだけ。土を足で踏みしめる。肌に風を感じる。葉が揺れる音を聴く。草木の匂いを嗅ぐ。空気がおいしいと実感する。それだけ。少し前に海外企業などを中心に「マインドフルネス」がはやりましたが、それに近いでしょう。

 でも、企業から社員研修の相談を受けて森林浴を提案すると、「森へ行って、そこでどんなアクティビティーを?」と聞かれることがよくあります。「何もしない」ことに意味があるのに、どうも怠けているように思えるのか、落ち着かないのか、あれやこれやカリキュラムを用意しようとしてしまうんですね。「何かしなければいけない」という固定観念から自由になるためにも、森林浴はいいと思うわけです。

森林浴は「何もしない」ことが刺激になる(写真/Shutterstock)
森林浴は「何もしない」ことが刺激になる(写真/Shutterstock)

 実際に研修に取り入れたある企業では、横になって木々や空を見上げた若手プログラマーが「お~、3D空間みたいですね」と言ったそうです。「そりゃそうだろう」と思いますが、その人にとって実際の森は極端になじみの薄い世界。だから自分にとって身近な仮想の3D空間になぞらえたのでしょう。コンピューター上に構築された3D空間を見て「お~、本物の森みたい」と感心することがありますが、その逆のことがこの人には起きているんですね。いつも見ている世界を、違う角度から体験できたのではと思います。

 こうした体験をもっと多くの人にしてもらうために、僕は今、森林を生かした人材育成などに取り組む「森と未来」という団体と企画を練っているところです。ただ、これもあくまでも一例。マニュアルも正解もないんです。逆に、ロールモデルや決まったやり方に頼ると、あれもやらなきゃ、次はこれをしなくちゃ、と苦しくなっていきかねません。それこそ失敗を恐れず、いろいろ試してみるのがいいんです。

 大人になると、失敗が怖くなるのは分かります。自分が慣れ親しんだ環境によって、物の見方や考え方が方向づけられてしまうのも当然です。だからこそ、時には意識して別の刺激を受け、解放する機会を設けなければならない。本来、人は経験を積むほど、いろんな可能性を知ることができます。広がる可能性を楽しみましょう。

(構成/赤坂麻実)

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前刀禎明氏の新刊『学び続ける知性 ワンダーラーニングでいこう』発売
 ソニー、ディズニー、AOLなど、国内外の名だたる企業で経営の最前線に立ち、アップル米国本社副社長時代には「iPod mini」を大ヒットさせた前刀禎明氏。「日本企業は製品を売るのが下手」と言い切る前刀氏が、自らの経験と、そこから得たマーケティングの本質、アイデアの源、仕事との向き合い方を語り尽くしました。マーケティング担当者はもちろんのこと、もっと仕事を充実させたいと思っているすべてのビジネスパーソンにお読みいただきたい1冊です。
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