はやりのキーワードや一見分かりやすい言葉には、無意識のうちに決めつけや思い込み、本質を見失った思考停止が紛れ込むことがある。前刀氏が今回、例に挙げるのが「らしさ」。企業のブランディングや強みを語る上でもよく使われるこの言い回しは、使い方によって真逆の効果をもたらすという。
先日、AI(人工知能)の関連製品を集めたという展示会に行きました。展示会のタイトルにも「AI」が入っていましたが、大量のデータを自動処理するツールや、印刷されたテキストをデジタルデータに変換するOCRのような製品も多く、やや期待外れでした。それらが悪いわけではありませんが、AIの名の下に陳列するには物足りない。米グーグルや米アマゾンが取り組んでいるAIと比べると、周回遅れの印象です。
このとき、僕が思ったのは、同じ言葉を使っても、定義が人や企業によってさまざまだということ。それから、AIという流行の言葉に飛びつく企業が多いということです。
AIは、未来っぽさや新しい生活・働き方などを想起させ、製品・サービスの進化をアピールしやすいキーワードになっているのでしょう。だから、AIと呼ぶには物足りないような製品にも名を冠して売り込んでいく。
家電などでもありがちです。家電量販店の売り場で、意外な製品がAIをうたっているのを見つけ、説明を読んでみたところ、やっぱり「これが?」と首をひねってしまう。そんな経験をしたことがある人もいるのではないでしょうか。企業を変えるのは消費者です。流行の言葉で目先を変えただけの製品にすぐ飛びつくような消費者がたくさんいる(と見ている)から、企業も小手先のやり方に走るのでしょう。
都合よく使われる「らしさ」という言葉
これははやりのキーワードに飛びつく例ですが、言葉というのは、考えなしに使うと意味が大きく変わってしまうところがあるのです。昔から使われているもので僕が最近、気になっているのが「らしさ」。とあるメーカーで、若手社員のアイデアに対し、取締役が「わが社はそれ、得意じゃないんだよね」「それはちょっとウチらしくないかな」という言い方をして、却下してしまったそうです。これが考えうる最もあしき「らしさ」の使い方かもしれません。
確かに、企業らしさをその企業の伝統と言い換えられる場面は多いと思います。ただ、伝統を守ることは、新しい考えや変化を拒むこととは違います。
例えば、歴史ある飲食店や食品メーカーにとって、代表的な長寿商品は守るべき“伝統の味”でしょう。ただ、伝統の味をレシピと定義すると、時代によって移り変わる人々の味覚や嗜好に取り残されて客が離れてしまうことがあります。そもそも原材料の持つ味も時代によって変わる中、レシピ自体にこだわったところで、以前と同じ味にはならない場合がある。移ろいやすい表面的な部分に「らしさ」を求めるのは間違いなのです。
では「らしさ」や伝統とは何か。それはもっと本質的な部分です。食品関係なら「食べた人が最高の笑顔になるお菓子」「いつの時代もみんなに喜ばれるソース」など、企業や商品の存在価値を言い表すものでなければいけません。長く続いた会社の経営者はよく「変わらないために変えてきた」と言います。「(会社の存在意義が)変わらないために(こだわるべきでない枝葉の部分は)変えてきた」という意味です。「当社らしさ」「ウチの伝統」を振りかざして変化を拒むのは、前例主義にとらわれた思考停止の言い訳でしかありません。
実際に、さまざまな企業の話を聞いていると、会議をダメにするような「らしさ」の使われ方がかなり多いと感じます。「これはいいんじゃないですか、ウチらしくて」「そうですよね」というようなやりとりは実にありがち。「ウチらしさ」について、明確な定義も持ち合わせていなければ、話し合って共有したこともないのに、曖昧なままそんな言葉を発し合って、なんとなく物事が流れていく。
以前、この連載でバズワードの落とし穴について取り上げました(関連記事「“バズワード”が飛び交う会社にイノベーションは生まれない」)。「らしさ」は新しい技術用語などではないのでつい見逃されがちですが、これも同様の言葉と言えるかもしれません。
「らしさ」の再定義がブランド確立につながる
自社やその商品について、「らしさ」を考えたり語ったりすること自体は、本来とてもいいことです。企業がブランドを構築し、維持していく上で、最初に考えるべきことだし、考え続けるべきことです。強いブランドと聞いてすぐに思い浮かぶような会社は、自分たち「らしさ」を明確に定義して社内で共有しています。例えば、「ディズニー」。米ウォルト・ディズニー・カンパニーは、企業公式サイトのトップページに自社のミッションを載せています。
“The mission of The Walt Disney Company is to entertain, inform and inspire people around the globe through the power of unparalleled storytelling, reflecting the iconic brands, creative minds and innovative technologies that make ours the world’s premier entertainment company.” (編集部訳:ウォルト・ディズニー・カンパニーのミッションは、比類無き物語の力を通じて、世界中の人々を楽しませ、情報を提供し、刺激することです。そこには、私たちを世界一のエンターテインメントカンパニーたらしめる象徴的なブランド、創造性あふれる精神、革新的な技術が生かされています)。
ディズニーはこの短い文章を決めるのに、多くの時間と議論を要したはずです。そして、これを最上位に置いて、企業としての事業方針や行動規範を定めていく。その結果、自社ブランドの特徴を明確に打ち出し、顧客(ゲスト)に愛されて、企業として成功するに至っています。このような取り組みは意識の問題ですから、どの企業にも始められるはずです。
いきなり大きなことを考えるのが難しければ、トレーニングをしましょう。僕がコーチングを請け負っている企業で先日、若手社員に課したのは、分厚い自社製品のカタログの中から、好きな製品を選ぶというもの。単に選ぶだけでなく、なぜ自分はそれが好きなのか、「なんとなく」以外の言葉で説明を試みてもらいました。こうしたことから始めて、ものを考えるクセをつけ、自社やそのブランドの「らしさ」を社員一人ひとりが定義してみると、企業のブランディングはそれだけで一歩前へ進むと思います。
先に、取締役が「それはちょっとウチらしくないかな」と若手社員の意見を却下してしまうケースの話をしましたが、実は「らしさ」を改めて定義する過程で生きるのは、ベテラン社員の力です。変化が激しい時代に、過去の経験はあまり役立たないと思われるかもしれませんが、蓄えた知見は思考の材料になりえます。コンピューターに例えれば、ディープラーニングの材料がそろった状態です。あとは前例主義や思考停止を捨てて、創造的知性を働かせること。あのとき経験した「あれ」や別のときに見聞きした「これ」にこだわるのではなく、両者を結びつけて考えることで新たな視点を生み出せるかもしれません。
だからこそ、会社でどのような立場にいる人も、ぜひ時間を作って考えてほしい。「らしさ」を追求してほしい。自分の言葉で再定義できれば、働き手としてのあなた自身が強くなるし、ブランドも組織も強くなります。
(構成/赤坂麻実)